優しさだけがいつも懐かしい
少し開いた窓から風が吹き込む。その風は白に近い髪――プラチナブロンドというのだろうか――を優しく揺らしていた。春の日差しに照らされた白はきらきらと輝いて見えた。思わず目を奪われる。

「有島先生?」

風にも視線にも声にも気付かず、彼は目を閉じている。窓際に置いてある椅子に腰掛け、読書をしていたのだろう。本は持ったままだし、頭もほとんど動かない。器用に眠るものだと感心してしまう。

「……綺麗」

ぽつりと呟く。探せばこんな絵があるのではないかというくらい綺麗だった。心配になるくらい華奢な体つきと身に付けている服のせいか、異国の王子様か何かのようにも見える。もしくは童話に出て来るきらきらした王子様だろうか。
こんなところで眠っていては風邪をひくかもしれない。起こすべきだとわかってはいるが、気持ちよさそうに眠っている顔を見ていると、起こす気にはなれなかった。

一度司書室に戻り、持ってきたブランケットを有島にかけ、これでよし、とひとりごちる。座ったままで眠っているのだから、そのうち目を覚ますだろう。こんな体勢で長く眠っていられるものではない。

疲れているのだろう。転生してまだ数日。ここの生活にも、潜書にもまだ慣れていないはずだ。ふと申し訳なくなることがあった。勝手な事情で転生させ、有無を言わせず敵と戦わせている。
転生の仕組みはよくわかっていないが、彼らはそれまで静かに眠っていたのではないだろうか。転生することなど望んではいなかったのではないだろうか。

「過去を全て消し去って、強く生きることができたらいいのに」

初めて耗弱状態になった有島を補修室のベッドに寝かせた時、有島はそう呟いた。既に図書館にいる自ら命を絶った文豪は耗弱状態になると死ぬことを考え始めるから心配していたが、有島の場合、それはないらしかった。
大丈夫ですかと声をかけたが、有島はぼんやりとどこか遠くを見ていた。死ぬことは口にしない。それでも、そのまま消えてしまいそうな危うさがあった。

春とはいえ、この時間になると風はまだ冷たい。窓を閉めてしまおうと思った時、風に乗って花びらが入り込んだ。薄紅色のそれはちょうど有島の肩に乗る。
不意に、「地面に落ちる前に桜の花びらを掴むと幸せになれる」と誰かに聞いたおまじないを思い出す。いつだったか、ひらひらと落ちていく花びらを追いかけたことがあった。

「幸せになれる、か」

彼にとっての幸せが何なのかはわからない。ただ、この図書館で幸せだと思える時間があればいいのにと思う。
窓を閉める時、きぃ……と小さな音が鳴った。ほんの小さな音だったのに、それに反応したのか、有島はゆっくりと目を開いた。

「ん……」
「あ、えっと、おはようございます」

なんと声をかければいいのかわからず、とりあえずそう挨拶すると、有島はぼんやりした表情のまま辺りを見回し、自分にかけられたブランケットを見た。

「また居眠りを……。これはあなたが?」

こくりと頷くとありがとうと言葉が返ってきた。

「お疲れじゃないですか?」

心配になって尋ねたが、有島は不思議そうな顔をしてからゆっくりと首を左右に振った。

「……たまに傷付いたような目をするんだな」
「え?」

それは転生させたことを申し訳なく思っている時だろうか。有島はブランケットを手に取り、静かに立ち上がった。花びらはまだ落ちることなく肩に乗っている。

「あなたが傷付く必要はないよ」

見透かされているような気がして、目を見開く。どこまでわかっているのだろう。いや、本当は何もわかっていないのかもしれない。
それでもその言葉は優しく心に触れた。わかっていようがいまいが、有島が優しいことは確かだと思った。

「花びら、ついてます」
「花びら?」

肩に手を伸ばして花びらを取り、有島に見せた。「桜か」という呟きに小さく頷き、窓の外の桜に目を移す。ちらっと見てみると、有島も同じ方向を見ていた。桜はもう散り始めている。
先日乱闘騒ぎがあったばかりだから、大人数での花見は無理だろうが、少人数で静かにやる分には咎められることもないように思う。この季節なら花見よりはピクニックだろうか。それほど離れた場所でなければ、出かける許可はもらえるはずだ。

「大騒ぎすると怒られてしまうんですが、お花見かピクニックしたいですね」
「ああ、武者さんと志賀君もそんなことを言っていた」
「志賀先生ならお弁当も作ってくれそうですね」

でも、自転車で結構遠出することになりそうだなと思いながら、有島に笑いかける。
どうか楽しい時間を過ごせますように。そう心の中で願った。

170421
title byるるる
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