おとなとこども
三好の夏。線香花火の灯りに照らされる君の横顔が、どうしようもなく大好きで、触れるだけのキスをした。
(診断メーカー「君と過ごす夏」)


「学校を卒業したばかりで世間知らずなところもあるかもしれませんが、精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」

簡単な説明を終えたあとで、そう言って頭を下げた名前は学校を卒業したばかりという言葉通りまだ若かった。そう思いながら、三好はさきほど鏡を見て仰天した自分の容姿を思い出して苦笑した。自分の外見とそう変わらない、もしくはそれより少し上くらいだろう。

そんな出会いから約2週間、三好は布団をかぶって震えていた。寒いわけでも具合が悪いわけでもない。原因を一言で表すなら、羞恥心である。ここから出たくなかった。名前にどんな顔で会えばいいのかわからない。
しかし、いつまでもこうしているわけにはいかない。覚悟を決め、白いカーテンを開ける。……が、そこには誰の姿もなかった。司書が気を遣ってくれたのかもしれないと思うと、三好はまた落ち込んだ。

「大丈夫ですよ、三好先生。謝ることないですからね」

喪失状態で補修室に運び込まれた三好は自分でもよくわからないくらい泣いたし、泣きながら謝った。自分は駄目な奴だという考えで一杯だった。うう、ううとほとんど言葉になっていない声に耳を傾けながら、名前は辛抱強く大丈夫ですよと言い続けた。多分、三好が泣き疲れて眠るまでずっとそうしていた。
恥ずかしい。どうしようもなく恥ずかしい。泣き疲れて眠るなんてまるで子供だ。この少年の姿にすらそぐわない。

「あ、三好先生」

もう大丈夫なんですかと何でもないように笑いかけてきた名前から、三好は逃げ出すしかなかった。あんなにわけがわからないくらい泣いたのだから、その時の記憶も消えてしまえばいいのにと思った。はっきり覚えているから困るのだ。

時間が経ってもその気持ちは変わらなかったが、いつまでも名前から逃げているわけにはいかない。明日は普通に潜書も任されるだろうし、近いうちに助手の仕事も回ってくる。さっさと謝ってしまった方が楽になれるはずだった。
覚悟を決めた三好は司書室の扉をノックした。どうぞという返事を聞き、部屋に入ると同時に頭を下げた。

「醜態をさらしてすみませんでした!」

全く反応がなかったので恐る恐る顔を上げてみると、名前は手を止めてキョトンとしていた。

「しゅうたい……?」
「だらしない、未熟な、恥ずかしいところを見せてしまったッス……!」

名前はやっぱりよくわからないという顔をしていたが、不意にああと声を上げた。

「三好先生は真面目ですね。喪失状態の時のことなんて、気にしなくて大丈夫ですよ。何を言っても、回復した後はあっけらかんとしてる先生も多いのに」
「なんなんスか……」

三好は大きなため息をついた。どんな顔で会えばいいのか、何を言えばいいのか、あんなに悩んだのに、司書は全く気にしていなかった。気にしていた三好を真面目ですねなどと評するのだ。

「だって、普通の状態じゃないでしょう?私も最初はびっくりしましたけど、喪失ってこういうものなんだってわかりましたから。取り乱すのは三好先生だけじゃないですよ」
「それはそうかもしれないけど……それだけじゃ割り切れないものもあるじゃないスか!」

世間知らずだと、まだまだ子供みたいなものだと言いながら、そうやって冷静に対応してみせるのだ。なんだか悔しかった。

◆ ◆ ◆


「三好先生って涙もろいんですね」

しみじみと言われて、三好は慌てて滲んだ涙を拭う。誕生日を祝われて、思わず涙ぐんでしまった。

「泣いてなんかないッス」
「そうですか」

感動して涙が出たのは隠す必要がない気もしたが、喪失状態の時に何度か見せた情けない姿を思い出すと、理由はなんであれ、泣き顔を見られたくなかった。

「ほら、この後、外で花火するみたいだから、行くッスよ」
「はい、行きましょうか」

三好の誕生日を祝った夕食の後、誰が言い出したのか花火をすることになったらしい。手持ち花火でも、この大人数だと賑やかになりそうだ。
三好は少し離れた場所ではしゃぐ文豪達を見ていた名前に近付いた。こういう時、彼女は一歩引いた場所に立っている。揉め事や問題がありそうなら口を出すが、それ以外ではただ静かに見ているだけだ。

「あ、線香花火……」

三好が差し出した花火を見て、名前は少し驚いたように声を上げた。

「私、線香花火が好きなんです。あれ、三好先生に話したことありましたっけ?」
「偶然ッス。派手な花火の方が人気あったんで」

本当は他の人と名前が話している内容が耳に入って知っていたのだが、素直に打ち明ける気にはなれなかった。盗み聞きしたように思われても困る。

「少し離れたところに行きましょうか」
「そうッスね」
「あ、でも、今日の主役がここにいないと……」
「みんな騒いでるから、もう誕生日なんて気にしてないんじゃないッスか」

そうですかねーと言いながらも、名前は歩き出す。庭の隅にしゃがんで、線香花火に火をつける。三好は線香花火を持たずに名前を見つめていた。真剣な顔で小さな赤を見つめ、揺らさないように注意を払っている名前。微かな灯りに照らされる横顔。

「三好先生?」

赤い玉が下にぽとりと落ちたのと同時に三好は軽いキスをした。触れるだけの、一瞬のキス。
好きなのだ。ずっと。好きだから、情けないところは見せたくない。きっと子供のようにしか思われていないことはわかっている。

「誕生日ッスから、許してください。プレゼントの代わりに」

ぽつりと呟いたら、名前は三好の腕を軽く掴んだ。あっと声を上げる間もなく、唇に柔らかいものが触れた。目を丸くした三好に名前は笑いかける。

「誕生日プレゼントなら、私からしないといけませんね」
「なっ……こ、こういうのは、そんなに気軽にするもんじゃないと思うんスけど」
「好きな相手にしかしませんよ」
「……ん?」

名前の言ったことを理解して、三好は真っ赤になった。同時に混乱する。自分のどこを見て好きになったというのか。

「むしろ、私が三好先生のこと好きだってわからないままキスするの、すごいですね。下手すると問題になりますよ」

最近セクハラとか問題になりますからねと言いながら、名前は肩をすくめる。

「あの、司書さんは自分のどこを好きになったんスか……?」
「素直で隠し事ができないところとか、何にでも一生懸命なところとか……うーん、でも、なんとなくです。なんとなく、いいなぁって思うことがあるじゃないですか」

聞いた三好も、好きになったのはなんとなくだった。いつから好きなのか、きっかけがあったのか思い出せない。気付いたら、惹かれていた。

「そうッスね、なんとなくッスね……」
「でしょう?」

名前はおかしそうに笑った。
これから、少しずつ名前の弱いところを受け止められる存在になりたいと三好は思った。自分も含め、みんなの弱さを受け入れて、大丈夫だと言ってくれる彼女を支えられたらと思うのだ。

170823
happy birthday!!
ALICE+