冬を見せてあげる
窓の外に目をやると、いつの間にか雪が積もっていた。雨は好きじゃないが、雪は好きだ。
雪が降っていると、いつもより静かだから。気のせいでもなんでもなく、雪は音を吸収するらしい。

「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ」

ふと口に出したのは、雪の日に決まって頭に浮かぶ詩。どこで誰に聞いたのか、もしくは読んだのか、全く思い出せないけれど、いつの間にか私の頭の中にあった。

「あ」

ものすごく視線を感じて振り返ると、今日の助手を務めてくれている三好先生がじーっとこっちを見つめていた。

「あー、えっと」

本人の前で詩を口ずさむのはまずかったかもしれない。それとも、読み方に不満でもあったのか。
三好先生は詩には厳しい人だ。自分を叱咤するようにこんな詩じゃ駄目だと言っているのを何度も耳にした。

「な、なんか、すみません」

どうすればいいのかわからないまま、とにかく謝ると、三好先生は首を横に振った。

「驚いただけッス」
「雪を見ると、ふと頭に浮かぶんです。いつこの詩を知ったのかも思い出せないけど」

頭に浮かぶ短いそれが詩の一部ではなく、全文だということも、それを書いたのが三好先生だということも、つい最近まで知らなかった。
三好先生が転生して、三好先生の作品について勉強している時に、「測量船」という詩集の中にこの詩を見つけた。

「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ……次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ」

三好先生が口にすると、さっき私が口ずさんだものより、ずっとずっと特別なもののように響いた。普段とは少し違う、静かな声に思わず聴き入ってしまった。
三好先生だけじゃなく、他の先生方もふとした時に作品の一節を呟く時は、普段と少し違う気がする。多分作品は転生した彼らの一部で、何か特別なものなのだろう。三好先生は普段独特の口調で話すから、違いが顕著に表れるのかもしれない。

「私は本を読むのが好きなだけで、難しいことは全然わからないんですけど、三好先生の詩を読むと、日本語って綺麗だなって思います」

自分でも幼稚な感想だと思うけど、それ以外の言葉が見つからなかった。

「司書さんは、これまでもそうやって口ずさんでたッスか?」
「さっきの詩ですか?……そうですね、雪を見るとなんとなく」
「それって、嬉しいことッスね。ちょっと変な感じだけど」
「そうですね。私もまさか、ご本人の前で口ずさむことになろうとは想像もしませんでしたが」

普通なら会えるはずもない人。私が生まれる何年も前に、既に亡くなっていた人。三好先生は確かにと頷いて笑った。そして、何か思い出したようにあっと声を上げ、早く終わらせないとと呟いてずっと止まっていた手を動かし始めた。私もそれに倣って作業を再開する。

「雪、積もりますかね」
「んー、少しは積もるんじゃないッスか」
「さっき、賢治先生達が積もるかなーと話していたので」
「多分、積もったら雪遊びッスね」

170121
title by icy
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