依存の許し方
※夢主は前任者が辞めた後に任命された特務司書



気を抜くとため息をついてしまいそうで、ごまかすように首を軽く振った。頭に浮かぶ「疲れた」の文字を振り払う。仕事は忙しいが、前の職場に比べればどうってことはない。精神的な疲れだ。
お腹は空いているが、食堂に行く気分にもなれず、かと言って外に食べに行く気分にもなれなかった。自室には台所がないから、自炊するにしても共有スペースだ。

「昼食はまだですか?」

ひょいとドアから顔を見せたのは久米先生だった。

「あ、はい、まだ……」

久米先生は私がこの図書館で気負いなく話せる数少ない人だった。直接訊かれたことはないけど、私の事情は他の先生方に聞いて知っているだろう。

「独りの食事は寂しいものですから」
「……ありがとうございます」

先生はきつねうどんを2人前お盆に乗せていた。まだここに来て2週間少しだが、食堂を利用した回数は片手で足りる。きつねうどんも食べたことがなかった。

もう環境は整っているからそう難しくないと言われた時点で嫌な予感はしていた。環境が整っているのは、それを作り上げた人がいるからだ。私は彼らに受け入れてもらえるのだろうかと。
念のために言っておくと、無視されているわけでも、嫌がらせをされているわけでもない。自分で壁を作っているのでは?と言われたら、そうなのかもしれない。でも、彼らだって前の司書がずっといてくれる方が嬉しかったはずだ。
久米先生は唯一私が転生させた文豪だ。他の先生方は皆前任者が転生させた。彼女は優秀なアルケミストで、今は政府直轄の研究所の研究員になっているそうだ。私はごく普通のアルケミストで、特務司書として働くのに問題ないくらいの力はあるが、前任者の足元にも及ばないだろう。更に言えば、彼女は文学にも造詣が深かったらしい。

「食欲がありませんね」

そう声をかけられてハッとすると、紫の目が静かにこちらを見つめていた。

「大丈夫です。少しぼうっとしてしまっただけで……」
「……僕に何か出来るとは思いませんが、話を聞くだけならいくらでも聞きますよ」

久米先生は穏やかだ。ちょっと自己評価が低すぎるんじゃないかと思うこともあるけど、いい人だと思う。

「ここに馴染めないなぁと思いまして」

ぽつりと呟く。もう人間関係は出来上がっている。前任者はここに1年はいたという。先生方の役割だって、潜書の会派だって前任者が決めたものだ。私はそんな場所に飛び込んで上手くやれるほど、人付き合いが得意な人間ではなかった。

「でも、久米先生がいてくれるから、まだ救われてます」
「……僕ですか?」
「はい」

意外そうに言われたが、そんなに意外だろうか。

「そうですか……」

噛みしめるようにそう言った先生はどこか嬉しそうだった。せっかく持って来てくれたのにすっかり冷めてしまったうどんをすする。冷めてはいるけど美味しかった。
前任者を知らない久米先生に救いを求めて、仕事に慣れるのに精一杯のふりをして、そんなの全部逃げてるだけだ。わかってる。

「大丈夫ですよ」

心の中を見透かされたようで、慌てて顔を上げると久米先生は微笑んでいた。

「僕が言っても説得力に欠けるかもしれませんが、あなたは大丈夫です」

根拠はないのだろうけど、穏やかな声は素直に受け入れられた。大丈夫、と小さく繰り返してみる。

「ただ、もし大丈夫になっても、僕のことは必要としてください」
「はい、もちろん」

ほんの少し不安そうに付け足した先生に頷いてみせると、先生はふっと笑った。私もそれにつられて笑っていた。

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title by 失青
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