ちょっと黙っててくれないか
「地味ってそんなに悪いことですかね」

今日の分の報告書を書きながら、頼んだ書類の整理をしてくれている徳田先生と話していたら、また「地味」という単語が出てきたものだから、思わず言ってしまった。
彼は一番最初に転生した頼れる文豪ではあるが、自己評価が低い。周りの人達が地味だと言っているのは事実だが、大半はからかっているように感じる。
島崎先生から淡々と「地味な秋声が目立つためにはどうすればいいと思う?」と聞かれた時には、島崎先生が本気なのかよくわからなかったけど……多分、悪気はないのだろう。

「僕の名前を聞いても、ぽかんとしていた人に言われてもね」
「……うっ、その件はすみません。私の勉強不足です」

それを言われると反論できない。転生した徳田先生が名乗ってくれても、私は全く反応できなかった。作品を読んだことがなかったし、名前を聞いてもピンと来なかった。

「別にいいよ。他のみんなのことは知ってたみたいだし、僕がその程度だってことだよ」

余計なことを言ってしまった気がする。口を挟まずに彼の愚痴を聞いていた方がよかったのかもしれない。

「でも、徳田先生のことは頼りにしてますよ」

彼が望んでいるのは、文学的な評価なのかもしれないけど。彼の小説も読んだし、素敵な作品だと思った。ただ、今更それを褒めても、呆れられてしまうような気がする。お世辞はいらないと拒絶されるかもしれない。

「なんだよ、急に」
「だって、最初に出会ったのは徳田先生ですもん。今まで一緒に頑張ってきたわけじゃないですか」

まだ文豪が少なくて、私もこの仕事に慣れていなかった頃、なんだかんだ言いつつも支えてくれたのは徳田先生だった。拒否権はないみたいだねと言いながら、面倒事は嫌だと言いながら、結局は引き受けてくれた。
やらなければいけないことが多すぎて、いっぱいいっぱいになっていた私に、とても遠回しな言い方ではあったけど、休むように言ってくれた。今なら、徳田先生の言葉に隠された優しさにも気付けるけど、あの時は怒られたんだと思って落ち込んでしまった。
こっそり「司書さんのことをずっと心配してたんですよ」と教えてくれたのは堀先生だった。不器用だけど、人のことをよく見ている優しい人だと思った。

「徳田先生は頼んだことをきっちりやってくれるし、他の方々とも上手くやってくれているし、食事も贅沢言わないし、潜書の時だって……」
「もういいよ」

徳田先生はふいと私から目を逸らした。さっきの「別にいいよ」とは言い方が違った。顔が赤くなっているのに気付いて、思わず笑いそうになるのを必死にこらえた。笑ったらまた機嫌を損ねてしまうに決まっている。徳田先生はこっちを見ていないから、どうにか隠せそうだ。

「そんなこと褒められても、嬉しくないし」
「徳田先生の作品も読みましたよ」
「だから、もういいって。報告書書くんじゃないの?」
「そうですね、書かないと」

褒められ慣れていないのか、褒められるのが苦手なのか、とにかく居心地悪そうにしているのを見ると、やっぱり笑ってしまいそうだった。

「本当に頼りにしてますからね」
「……わかったから」

170205
title by るるる
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