人間性は問わない
カーテンも閉めきった薄暗い部屋の中で、名前は膝を抱えてテレビを見つめていた。カーテンの隙間から微かに入ってくる光で、まだ明るい時間なのがわかる。再生されているのは映画だった。少女の一夏の恋を描いた作品だ。麦藁帽子をかぶり、ワンピースを着た少女が自転車に乗って坂を下りていく。長い髪が揺れている。
今であれば眩しすぎる太陽と青すぎる空に顔をしかめるところだが、本当に子供の頃、それこそ十にも満たない頃は普通に外で遊ぶこともあったはずだ。その頃から錬金術には興味津々で、母や祖母の作業をじっと見つめていたのだが。
「なあ、この主人公、美少女じゃねーか?」
「ひっ!」
思わず変な声が出た。いつの間にか隣には金色の髪にそれより濃くオレンジに近いような瞳をした男が座っていた。絶対仲良くなれないタイプの人間だ。そもそも勝手に部屋に入ってくるなんて非常識にも程がある。距離を取りながら名前は誰?と問う。男は本当に驚いたような顔をして、へ?と言った。意味がわからないと言いたげだ。
「お前、特務司書なんだよな?」
「一応」
「なのに、オレを知らない?」
「知らない」
あれ、お前がオレを転生させたんじゃないのか?もしかして特務司書って複数いる?などとブツブツ言っている男から距離を取り、壁際でこれからどうしたものかと名前が考えていると、ノックの音がした。
「入るよ?」
「中野さん!この人、誰?」
「こいつ、特務司書じゃないのか?」
壁に背中をぴったりくっつけて、男から距離を取ろうとしている名前と、わけがわからないと言いたげな男を見て、大体の状況を把握した中野は溜息をついた。
「特務司書ですよ。……その人は田山さん、田山花袋」
「たやまかたい?」
「そうだよ。そこまで距離取らなくても大丈夫だから」
「第三会派、武器は弓の?」
「うん、それしか情報が出てこないのもどうかと思うけどね」
やっと壁から離れて中野に近付く名前。花袋はまだよくわかっていないのか首をひねっていた。それはそうだ、転生させたのに顔と名前が一致していないなんて信じられないだろう。
「それと、体に悪いから昼間はカーテン開けようか」
「ご心配なく、健康体です」
「僕から見れば不健康だよ」
中野はスタスタと窓に近付き、カーテンを開けた。明るい光が入ってきて、名前は鬱陶しそうに目を細める。映画の中の夏の日差しよりはマシだろうが、これでも十分眩しかった。
驚いたのは花袋だ。薄暗い部屋の中ではわからなかったが、名前はこれまで一度も外に出たことがないのか尋ねたくなるくらい白い肌をしていた。さっき中野が不健康だと言ったのも頷ける。
「やっぱり司書室のドアに鍵が欲しい」
「君は集中したら何も聞こえなくなるから、僕や徳田さんまで閉め出されるのが目に見えてるよ」
むっとした名前だが、ふと中野が書類を抱えているのに気付いた。
「それ、報告書?」
「そうだよ。今日の潜書の分」
「ありがとう。あ、経験に差が出てるから、明日から第一会派と第二会派で少し入れ替えて。あと、第四会派は全員変更で」
報告書を受け取り、机の上に置いてあったメモ用紙を手渡す。
「いやいや、オレのことは無視!?」
「あんまり興味ないから。中野さんと徳田さんに大体頼んでるから、要望があればそっちにどうぞ」
「気を悪くする人もいるから、そういうことは言わないようにしようか。みんながみんな、辰や犀さんみたいに笑って許してくれるわけじゃないんだよ」
「あ、時間だ」
付けっ放しだったテレビを消したかと思うと、名前は何かに導かれるようにすうっと部屋の奥に入っていった。中野はやれやれと溜息をつく。
「出ましょうか」
名前が消えた方をまだ見ている花袋に中野は首を横に振ってみせた。
「ああなると誰の声も聞こえませんよ。彼女にとっての本業です」
「本業っていうと、錬金術かよ」
「そうです。それに関しては研究熱心ですよ」
つまり、それ以外のことにはほとんど関心がないということなのだろう。転生した時にちらっと見て以来、特務司書を見かけることなどなかった。いつでも図書館にいるわけではない館長やネコとは何度も顔を合わせたのに、毎日図書館にいるはずの特務司書とは全く会わない。それだけ多忙なのかと思っていたが、さっきの様子だとほぼ引きこもりだ。
「田山さんだからというわけではなく、誰に対してもあんな感じですから」
「……それもどうなんだよ」
「文豪と関わる気も、著作を読む気もないけどいいのかと訊いたら、人間性は問わないと言われたそうですよ。アルケミストとしてそれだけ優秀なんだと思います」
中野が困ったように笑うばかりだったから、花袋はそれ以上何も言えなくなった。近くにいる中野が諦めていて、上の人間も名前の行動を許しているのなら、自分が口を出すことでもないのだろうと思った。
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