みんな何かを背負って生きていること

初めて見る炎上する嫉妬心壹号。今までの敵より手強そうだ。皆、警戒しながら、戦いに臨もうとしていた。
会派のメンバーは秋声、堀、多喜二、三好。特務司書が図書館にやってきた初日に転生した文豪達である。生前関わりがなくとも、何日も同じ場所で過ごしていればある程度は親しくなる。司書が転生した順で並べただけの会派だったはずが、いつの間にか居心地の良いものになっていた。

「攻撃は最大の防御ッス!」

攻撃を仕掛けながらも、三好は堀を気にしていた。最初から少し様子がおかしいとは思っていたが、奥に進むに連れて堀が集中力を失っていくような気がする。
それに、司書が心配していたというのも理由の1つだ。有碍書は既に何冊も浄化しているが、書いた本人がそれを浄化したことはまだない。「聖家族」の著者は堀だ。何か影響を受けるかもしれないと、司書は困った顔をしていた。それでも、いつものメンバーで潜書したのは、この4人のレベルが高く、堀も僕が行きますと言ったからだ。
三好は何度か具合が悪いんじゃないか、気になることでもあるのかと訊ねてみたが、堀は首を横に振るばかりだった。見た目に反して頑固なのは相変わらずらしく、三好は聞き出すのを諦めるしかなかった。

「堀!?」

秋声が叫んだ。敵が堀を狙っているにも関わらず、堀は動こうとしなかった。放たれた矢が真っ直ぐに堀に向かっていくのが、三好にはやけにゆっくりと見えた。そして、堀が地面に座り込むのもまた、ゆっくりだった。

「はっ!」
「そろそろ僕の視界から消えてもらおうか」

多喜二が堀を庇うように前に出て、敵に斬りかかる。秋声も攻撃を続ける。三好もまずは敵をどうにかしなくてはと銃を構えた。
どうにか敵を倒した後、3人はほぼ同時に堀に駆け寄った。堀は座り込んだまま動けないようだった。目はぼんやりとどこか遠くに向けられている。

「たっちゃん!」

三好の呼びかけにも反応はなかった。秋声はふうと息を吐き、下手に刺激しない方がいいと三好を止める。

「歩けそうか」
「いや、無理そうだね」

多喜二の問いに秋声は首を振る。明らかに様子がおかしいが、耗弱だろうか。とにかく、戻って補修してもらわないことにはどうしようもなさそうだ。
三好と多喜二で堀を支え、半ば引きずるようにして歩き出す。堀はやはり遠くを見ていて、何も言わなかった。ただ、時折苦しそうな表情を見せるだけだった。
この作品は堀にとってどういうものだったのだろうと三好は考える。九鬼は芥川で、扁理が堀。この作品は芥川の死の影響を受けて書かれたものだ。堀の出世作であることは疑いようがない。ただし、評価されると同時に激しい批判もあった。堀自身は書き終えた後に多量喀血し、命の危機に瀕した。
痛みを伴う作品なのかもしれない。しかし、堀にとって不可欠な作品でもあるだろう。

▲ ▼ ▲


頭の中の奥の方が抉じ開けられるような感覚があった。それはひどい痛みと不快感を伴った。嫌な感じはずっとしていたが、ボスと対峙した時は特にひどかった。他のことが何も考えられなくなるような痛みだった。

――死があたかも一つの季節を開いたかのようだった
――「聖家族」のようなものは書かなかった方がずっとよかったのだろう
――九鬼の突然の死は、勿論、この青年の心をめちゃくちゃにさせた

文字が頭の中を駆け回った。目が回ってしまいそうだった。ただ、これは自分の記憶なのだとどこかで理解していた。それも、あまり思い出したくないような記憶だ。転生した時は不十分だった記憶が戻ろうとしている。

▲ ▼ ▲


気付いたら、ベッドに寝かされていた。見慣れた風景は補修室のベッドだ。白いカーテンに囲まれた場所。
長い夢を見ていた気がした。夢ではなく、過去をなぞっただけなのかもしれないと堀は思った。イチジクを食べながら、何かに憑かれたように書き続けていたのが印象的だった。イチジクがいいと聞いたからといって、大量に食べる必要はないだろうにと自分のことのはずなのに呆れてしまった。
ふと枕元を見ると、そこには本が置いてあった。タイトルは「聖家族」。置いたのは三好だろうと堀にはわかった。補修のおかげか気持ちは随分と落ち着いていて、その本を手にとっても動揺することはなかった。

「……芥川さん」

名前を声に出してみる。自分より有名な芥川は確実に転生すると思う。それとも、彼は転生を望まないだろうか。いや……きっと会えるはずだ。
どんな姿なのだろうと想像すると気分が明るくなる気がした。また話ができるだろうか。たっちゃんこと呼びかけてもらえるだろうか。

ゆっくり起き上がってみる。どこも痛い場所はなく、めまいもしなければ、不快感もない。まずは仲間に心配をかけたことを謝ろうと決め、堀は静かに補修室を後にした。

170212
title by るるる

「聖家族」が書かれた時期は堀さんにとってかなり辛い時期。転生した時に記憶が不完全なら、自分の本に潜書して記憶が蘇ることもあるのかなという話。会派のメンバーは私が最初のうち使っていたメンバーです。深い意味はない。「聖家族」と「「聖家族」限定版に」から一部引用しています。


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