豚の生姜焼き
「今、時間あるか?」
「え?ありますけど……」
「なんだ、もう忘れちまったのか?料理教えて欲しいんだろ」

突然の申し出に目を見開く。確かにそういう話をしたが、志賀先生の方から言ってくれるとは思わなかった。今日は仕事も少ないから、大丈夫だろう。

「教えてください!」

□ □ □


台所の片隅を借りて料理を始める。冷蔵庫から豚肉を取り出してきた志賀先生は何作るかわかるかと聞いてきた。豚肉だけ見せられてもなぁと首を傾げていると、志賀先生はきゃべつと生姜を持ってきた。

「豚の生姜焼きですか?」
「そうだ」

豚の生姜焼き。定番の料理だけど、作ったことはない。豚肉を焼いて、タレを絡めて完成くらいのイメージだ。

「生姜はすりおろして、きゃべつは千切りな」
「そ、そのくらいはわかります!」

見られていることに緊張しながら生姜をすりおろし、次はきゃべつだと包丁を握る。

「怪我するなよ」
「はい」

包丁の持ち方が危なっかしく見えたのか、私の顔が緊張していたのか、志賀先生は注意を促す。心配になっても、手は出さないでやらせてくれるのはありがたい。料理ができないとお嫁に行く時に困るとうるさい母親は、見ていられないと言ってすぐに手を出してくる。だから、上達しないのかもしれない。

「料理は大体、慣れだからな。そのうちできるようになる」

千切りと呼べないくらいに太くなったきゃべつに肩を落としていると、志賀先生はそう言ってくれた。あんなに時間をかけたのに、結果がこれだ。まだまだ練習が必要らしい。
醤油、砂糖、料理酒、生姜を混ぜ合わせれば、生姜焼きのタレの完成だ。

「肉には塩胡椒して、軽く薄力粉をまぶす。つけすぎるなよ」
「はい」

私が言われた通りにやっているうちに、志賀先生はフライパンを持って来てくれた。油をフライパンに入れ、全体に行き渡らせる。そのまま火にかけようとしたら、肉をのせてからだと止められた。なんでも、熱したフライパンに肉をのせると、肉汁が出て縮み、肉が固くなってしまうらしい。のせてから火をつければ防げるんだとか。

「志賀先生って、料理の本も読むんですか?」
「まあ、たまにな」

肉を裏返し、大体火が通ったところでタレを回しかけて絡める。いい匂いがしてきた。汁気がなくなれば完成。きゃべつと一緒に皿に盛り付ける。

「すごい、おいしそう!」

思わず声に出したら、志賀先生は笑った。上出来上出来と頷いてくれる。きゃべつの太さは気になるけど、おいしそうだ。考えてみれば難しいことは何もしていないのだが、なんだか料理が上手くなった気がする。

「……ただ、多すぎません?」
「あー、まあ、どうにかなるだろ」

志賀先生は食堂の方に目をやったかと思うと、おっ!と声を上げた。つられてそちらを見れば、ちょうど小林先生が入って来たところだった。小林先生がよく食べることは知っている。

「多喜二、ちょうどよかった!」
「直哉サン?」
「ここに来たってことは、腹減ってるんだろ?」
「はい」

よくわからないという顔をした小林先生に出来上がった豚の生姜焼きを見せる。

「志賀先生に料理を教わって、作ってみたんです。作りすぎてしまったので、よければ小林先生も」

そう言ってから、おいしいかどうかわからないものを勧めるのはどうなんだろうと思ったが、味の保証はできないと言うのは教えてくれた志賀先生に失礼だ。

「アンタが作ったのか?」
「はい、嫌でなければ、食べてもらえますか?」

□ □ □


3人で座り、真ん中に豚の生姜焼きを置き、ご飯も準備した。ドキドキしながら食べてみる。肉が柔らかい。タレは香ばしく、少し濃いめの味付けだからか、白いご飯によく合う。

「……うまい」

小林先生がぽつりと呟いた。気を遣ったわけでもなく、自然と出た感想のようで、それがすごく嬉しかった。

「本当ですか!?たくさん食べてくださいね!」
「ああ、ありがとう」
「よかったじゃねーか。1人で作れるようになれば完璧だな」
「頑張ります!」

自分が作ったものを食べてもらうのって、おいしいって言ってもらうのって、こんなに嬉しいことなんだ。思わず小林先生を見つめてしまっていたら、視線に気付いて顔を上げた先生と目が合ったから、ごまかすように豚の生姜焼きを口に運んだ。
とりあえずは千切りの練習をしよう。あと、忘れないうちに豚の生姜焼きの作り方をノートに書いておこう。

170218
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