扉の向こうに君はいない


夕食を食べ終えた文豪達はそれぞれ自由に過ごしていた。自室に戻った者もいれば、食堂で酒を飲む者や雑談を楽しむ者もいた。
ゆったりとした時間が流れる中、バタバタと足音が聞こえ、勢いよくドアが開いたかと思うと青い顔をした司書が食堂に飛び込んで来た。食堂に残っていた文豪のほとんどが司書に注目する。

「本がっ、本が飛びましたっ!」

青い顔で叫ぶようにそう言った司書。普段は落ち着いていて物静かな彼女にしては珍しいその様子に、皆ぽかんとした。

「うん、わかった。今日はもう休んだほうが良さそうだね。きっと疲れてるんだよ」

落ち着いた声で言ったのは、今日の助手である高村だ。まあ、突然本が飛んだなどと騒ぎ出したらそうなるだろう。

「違いますって、高村先生!見たんです!」
「そんなこと言われてもね……」
「じゃあ、ボク達が確認してくるよ!ねっ、南吉」
「うん」

賢治と南吉が行くと言い出したのをきっかけに、食堂に残っていた内の何人かも行くことになった。
司書によれば、いつものように見回りをしている途中、本棚から本が飛び出し、閲覧席まで飛んで行くのを見たらしい。少し暗かったが、閲覧席に近いランプには灯りが点いていて、ぼんやり明るかったから間違いないのだと司書は必死に主張する。

「灯りは消したはずなんですよね?」
「はい、確かに」

堀が首を傾げる。本が飛ぶなんて聞いたこともない。灯りも点いていたということは誰が中に入ったのだろうか。

「酒飲んでたんじゃねーの?」
「全く飲んでません!確かに見たんです!ほんとに怖かったんですから!」

啄木に言われると、司書はムキになって反論する。嘘をついているようには見えないし、こんな嘘をつく必要もないだろう。

「しげじ、どう思う?」
「高村さんも言っていたように、司書さんは疲れてるんじゃないかな。何もないとわかれば、納得してくれるよ」
「そうだね。最近ずっと忙しそうだったよね」

堀の気持ちは落ち着かなかった。なぜか気になって仕方がない。先頭を歩いていた高村が足を止めた。

「灯りは消えてるみたいだね」

窓から射し込む月明かりのおかげでぼんやり明るいが、ランプは点いていない。高村はランプを点け、閲覧席の方へ進んで行く。閲覧席にも人の気配はなく、机に本が置かれていることもなかった。

「ほら、なんにもないよ、司書さん!ボクも本が飛ぶの見たかったけどなー」
「……お騒がせしてすみません」

納得した顔ではなかったが、証拠がなくては何も言えないのだろう。

「司書さん、どこの本棚から本が飛び出したんですか?」
「え?多分……そこだと思います」

司書が指したのは、ついこの間百合が見ていた本棚だった。つまりは堀の全集が並んでいるあたりだ。

「もう休んだほうが良いよ。今日の分の仕事は終わってるんだから」
「疲れてないと思いますけど」

高村が促すように司書の背中を押す。まだ本が飛んだことが気になるのか、あたりを見回していた司書だが、高村が心配しているのはわかったのか、早めに休みますと頷いた。

「辰?何か気になるの?」
「そういうわけじゃないけど……」

途中から百合のことが頭を離れないのはなぜだろう。百合に本を飛ばす力なんてあるはずがないし、そもそもこんな時間に図書館に来るはずがない。それはわかっているのに。


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