乳白色に沈む


こんな夢を見た。
狭い浴室に立っていた。すぐ目の前には川端先生が座っている。今まで何をしていて、どうしてこんな状況になったかは全くわからないのに、今からどうすればいいかはわかっていた。
シャワーをかけながら軽く彼の髪を指で梳く。淡い色をした髪は柔らかかった。浮世離れした雰囲気の彼の髪に相応しいような気がする。
浴室にはシャンプーとリンス、石鹸が置いてあった。文豪達が使う大浴場にもそれらが並べて置いてある。今に近いシャンプーが一般的になったのは1960年代以降らしく、馴染みのないものよりはと石鹸を使っている人の方が多かった。
髪が長かったり、身なりに気を使っているような人に、シャンプーの方が髪がさらさらになりますよと伝えたからか、最初よりはそちらを使う人が増えているようではあるが。

「石鹸の方がいいですか?」
「……いえ」

曖昧な返事だが、はいと答えなかったのだから、どちらでもいいのだろう。使い慣れたシャンプーを選ぶ。手のひらに適量を出すと、ふわりと甘い花の匂いがした。女性向けのシャンプーのような気もするが、気にしないことにする。
軽く泡立ててから髪を洗っていく。泡で髪を包み込むように丁寧に、細かく指を動かす。少し力を入れてしゃかしゃかと洗うと甘い匂いが強くなる。こんなものだろうかとシャワーで泡を流し、水気を切ってからリンスをつける。少し時間を置いてリンスを流すと一仕事終えたような達成感に包まれた。近くにあったタオルで髪を拭く。
不意に視線を感じて目をやれば、いつから見ていたのかわからないが、川端先生が鏡越しにじっとこちらを見つめていた。
私の服装はTシャツにショートパンツだから、見られたところで恥ずかしくはないはずだが、無性に恥ずかしくなった。今更だが、何をしているんだろうと思う。私はどうして川端先生の髪を洗っているんだろう。
ほとんど動かないまま鏡越しに私を見つめている先生の視線に縫い止められたように動けなくなった。

▲ ▼ ▲

目を開けたら、開いたままの本が視界に入った。読んでいる途中で眠ってしまったらしい。最初の頁から10頁も進んでいなかった。

――香水風呂を出ると、湯女がからだをすっかり洗ってくれた。

そんな文章が目に入って、これが原因かと複雑な気持ちになる。栞を挟んで本を閉じると表紙にあるのは川端康成という名前。まあ、最近期間限定で司書室を風呂場にしてみたのも関係あるかもしれない。


単なる夢なのだから、顔に出さないようにしようとは思っていたが、川端先生と目が合うとどうにも気まずくて逃げ出してしまった。

「なんだ川端、また何か誤解を招くようなことでも言ったのか?」
「いえ……心当たりはありませんが」

後ろから聞こえるそんな会話に、心の中でごめんなさいと謝るしかなかった。

171007
title by icy
参考:川端康成「みずうみ」

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