シェーラと契約を結んでから6年、私が得た情報は、黒の組織の幹部数人のコードネームや組織の行う研究などについての、ほんの少しの情報だけだった。
前世ほど伝がないのもあってか、あまり広い範囲から手を出せないのが理由の一つだろう。

同時並行で探し続けている零についても、得られた情報はほとんどないと言っていい。
シェーラの言った通り、零が公安警察のゼロと呼ばれるところに所属しているらしいということは分かった。
が、零がいったいどこで、どんなところに潜入しているのか。多少の検討はついているにしろ、確証はなかった。

私は基本的に日本で活動し、日本の支部を通してシェーラから依頼を受ける。時々アメリカに飛ぶが、それは大掛かりな依頼でそれなりのスペックのパソコンが複数必要になる時くらいだ。
エルバッチャの名は着々と知れ渡るようになり、最近ではシェーラの追う黒の組織から探し回られているらしかった。まあ確かにちょっかいを掛けたり、気まぐれに情報を盗み出したりはしているのだが、これがまた骨が折れる。
末端のセキュリティならばそれほど苦労しなくとも突破は可能だったが、コードネームを持つ幹部関連ともなると厳しさが増す。一体何人の優秀なプログラマーたちがセキュリティを組めばこんなものが出来上がるのだろうかというくらいだ。
それを何とか掻い潜って情報をかすめ取っていくのだから、確かに組織に狙われるのは仕方が無いことだと思う。


私の元に、シェーラを通して届けられた一通の依頼のメール。
基本的に依頼の判別はシェーラが行い、選ばれたいくつかが私の元に届けられる。
その中に、シェーラから緊急と銘打って届けられたメールに目を通し、緊急の理由を察した。
調べてほしいと書かれた対象の河野洋二という男のことは知らないが、その依頼主に、シェーラは心当たりがあると送ってきた。同様に、私にも心当たりがあった。
bourbon。
ウィスキーの種類のことだ。
わかりやすく自己紹介までしてくれている。
ただの一般人であればその名前は酒の名前でしかない。だが、シェーラを初めとして、あの組織の存在を知るものであれば、人を対象にして付けられる酒の名前がどういった意味を持つのか、瞬時に理解するだろう。
「バーボン…、組織の幹部からの依頼か」
自己紹介までして、自分のことを暴いてくださいと言っているようなものではないか。それに加えて、組織の幹部でありながら私と接触しようだなんて、まさか罠だろうか。
(…罠だろうと、受けない訳にはいかないな…)
それが私とシェーラとの契約だからだ。
この組織の内情はいまいち探ることが出来ない。
何の対策もなしに迂闊に侵入でもすれば、最悪こちらの正体が暴かれかねないほどだ。
だから今まで私は、組織の情報を奪い取る時はアメリカまで飛んで、シェーラのいる万全の環境でハッキングをし、深入りすることはほとんど無かった。
けれどそれではダメなのだ。いつまで経ったって、組織を壊滅させるに足る決定的な情報は得られない。

つまりこれは、絶好のチャンスだという訳だ。
相手が罠にかけようとしているのなら、それを逆に利用してやる。
依頼を請け負ったとバーボンのアドレスに返信するようにシェーラに伝えた私は、早速依頼にあった男のことを調べ始めた。






河野洋二についての情報は、案外簡単に集まった。
黒の組織の末端の人間で、借金が溜まり、それを何とかしようと中途半端に裏社会に浸かった結果、抜け出せなくなったらしい。
家族もいるというのに、何ともかわいそうな男だと私は思わず眉を寄せた。
そんな河野が何故組織の幹部から目をつけられたのか。
理由は、いくつかの情報を繋ぎ合わせれば簡単に浮かび上がった。
単純にいえば裏切り行為だ。他の碌でもない組織に黒の組織の情報を流していた。末端の人間が得られる情報などたかが知れているが、それが原因で何が起こるかわからない。
恐らく黒の組織は何かしらのちょっかいを掛けられたのだろう。そこから裏切り者が存在することを知った。
この情報をバーボンに渡してしまえば、確実に河野は殺されるのだろう。
直接手を下すのが私でなくても、河野が殺される理由を証明したのは私だ。私が殺したのと同義である。
罪悪感は…もちろんないことは無いが、自分の落ち度は自分で後始末をつけるのがルールだと私は思っている。私自身がそうだったからだ。
悪いことをすれば裁かれる。
表社会であれ裏社会であれ、それは変わらないのだ。

私は調べあげた情報を全てUSBに詰め込んだ。
勝負はここからだ。
バーボンは私に、直接このUSBを私に来いと指示した。基本的にエルバッチャとして人の前に立つことは、私はしてこなかった。シェーラにも止められていた。
けれど、これを逃せば、組織にさらに深く介入する術は他にない。
今のエルバッチャは黒の組織にとって害しかない存在だが、ここで黒の組織にとって有益な情報を渡せば、彼らはエルバッチャに手を出せなくなる。
そうしてそれを利用して、エルバッチャは少しずつ組織の内情を探っていく。
つまり、エルバッチャのお得意さんになってもらうということだ。

____『直接受け取りたいとの事でしたが、どちらへ持っていけば?』

____『おや、随分簡単に姿を見せていただけるんですね。てっきり断られるかと思っていましたよ』

____『もちろん、乗り気ではありませんが、反抗して殺されたら元も子もないので』

____『それは、こちらの正体を把握しているという脅しと取っても?』

____『ご想像にお任せしますよ、それで、どちらに?』


今日の夜、23時に、今は使われていない海沿いの5番倉庫に、必ずひとりで。
(これはいよいよ…罠だなぁ)



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