◆◆


安室は焦っていた。
この倉庫には、エルバッチャにひとりで来てもらう代わりに、自分もひとりで行こうと決めていたのだ。
そうして上手く偽装してエルバッチャが死亡したことにして、公安の駒になってもらおうと。

倉庫についた時、そこにはすでに、エルバッチャを捕まえろと安室に指示をしたジンがいたのである。
「ジン。何故あなたがここにいるんです?僕はひとりで行くつもりだったんですけど」
「ああ。確かに俺は捕まえて連れてこいと言った。…が、バーボン、てめえもまだ信用ならない奴だったことを思い出しちまってなぁ…」
「…まさかあなた、この場でエルバッチャを」
「そうだ。何も問題ねぇだろ?」
思わず舌打ちしそうになるのをすんでのところで堪え、安室は考えた。
ここにエルバッチャが来てしまえば殺されるのは確実。ベルモットであればまだ希望はあったが、ジンはダメだ。仮にも幹部、コードネーム持ちの安室とキールも、怪しいという理由だけで殺そうとしたのだから。
(…仕方が無いか…エルバッチャをこちらの協力者にするのは…)
それどころか、このままではエルバッチャが殺されてしまうのも、仕方ないと諦めなければならない。

その時、倉庫の入口が空いて、ほんの僅かな街灯の光が入り込んできた。
____ああ、来てしまった。

背は低い。小柄な体格。キャスケットを目深にかぶり、その中にチラチラと覗く明るい金髪をしまい込んでいる。あれではまるで女の…、
「フン、雑草がまさか女だったとは思わなかったな」
ジンが鼻で笑って言った。
ああやっぱり、エルバッチャは女性だったのか。
安室はこれから起こることを考えて、さらに申し訳ない気持ちが大きくなった。
「ひとりで来いというんだから、そっちもひとりで来るべきだと思いますけど…、どうなんです」
彼女の声が聞こえた瞬間、無意識に安室の肩がビクリと動いた。
「てめえは早いうちに潰しておかねぇと後々面倒になるだろうからな。女だろうがなんだろうが容赦はしねえ…ここで死ね、エルバッチャ」
そんなはずは、無い。
安室は大きく目を見開いて何も言えないまま、ジンが彼女に近づいていくのを見ている事しか出来なかった。
「黒い帽子にコート、長い銀髪…ああ、あなたはコードネーム持ちの中でも有名だ。ジンであってる?」
ジンが銃を構えても怯える様子も見せず、それどころか煽るようにジンに話し続けるエルバッチャ。
安室の脳裏に過ぎるのは、卒業式の日の会話。その中の、あの言葉。「零が死んだら、私何するかわかんないよ」、と、今考えればアイツは相当本気の目をして言っていた。
そしてジンが彼女の帽子を乱暴に取って放り投げれば、安室と同じ色をした髪が肩にかかり、その青い瞳はこちらを射抜いた。
「…涼…」
思わず小さな声で呟いてはっとする。
ジンには聞かれなかったようで、彼は涼に銃を突きつけていた。
状況は完全に別物になった。
安室はすぐさま銃を抜くと、当たらないのを承知でジンの腕に弾丸を撃ち込んだ。
「何のつもりだバーボン」
「勝手なことをされては困る。僕は彼女に依頼をしているんですよ、ジン。その情報を渡してもらわなければ意味が無いでしょう」
そこをどけ、もう一度撃つぞ、と意思を込めて銃口を向ければ、ジンはギロリと安室を睨んで数歩後ろへ下がった。そのまま人に銃口を向けながら、安室は涼に近づいた。
再会を喜ぶような余裕などない。出来るならばここで怒鳴り倒したい。
何故ここにいるのか、危険なことに首を突っ込んで余計な噂を立てているのか。
涼も声を聞いて安室が零であることに気づいたようで、その目を大きく見開いてこちらを見つめてきた。

色々な感情が混ざりあった。
何年かぶりの再会に対する嬉しさと、それ以上に、こんな所で会ってしまった絶望感と、それからとてつもない怒り。
正直怒りが一番大きかった。
「情報を渡してもらいましょうか」
「え…あ…、」
涼の手が震えているのがわかった。
USBを受け取り、ざっと見て何かしらの細工がないことを確かめる。
それを持ってきていたノートパソコンに接続すれば、期待以上の情報たちが画面に映っていた。
「見てください、ジン。やはり河野が情報を流していたようですね」
「それがどうした。殺してしまえばいい。それとも何だ、これに免じてこの女を見逃せとでも?」
「ええその通りです。彼女は有能だ。僕としては生かして、依頼を受けてもらいたいのですが、どうでしょう?どうやら僕らが相手だからと偽りの情報を渡すような人ではないようですし」
それに、と安室は続ける。
「ここでこうして僕達に顔を見せてしまったんですから、今までのように情報を盗んでいくことはなくなるんじゃないですか?この組織の恐ろしさは知っているはずでしょう」
内心では死ぬほど願った。これで今だけは諦めてくれ、と。
それが天にでも通じたのか、相変わらずものすごい形相で涼を睨んだままのジンは、銃をしまい、この場を後にした。



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