◆◆◆


心臓がバクバクと早鐘を打つ。
まさか本当に、この組織に零がいただなんて。公安は、零をこんな危険なところへ潜入させていたのだ。
「…あの、れ」
零。
そう呼びかけようとした言葉は、零の鋭い視線で喉につかえた。
「…少し黙ってろ」
低くそう言った零は、持っているバッグの中から何やら機械を取り出して、しばらく操作するとはぁと息を吐いた。
それから唐突に怒鳴った。
「なんで…、どうしてお前がこんな所にいる?!大学を出て働いてるんじゃないのか!母さんと父さんは!それに何なんだよエルバッチャって、お前一体何してるんだよ…!?」
思わず震え上がって、息を止めた。
こんなにも怒っている零を初めて見た。
それでも、引き下がるつもりは無い。拳を握りしめて怒鳴り返す。
「なんでって…なんではこっちだ!いきなり連絡取れなくなるなんて聞いてない!殉職したわけでもないのに突然、今まで届いてた年賀状も届かなくて警察官の名簿にも零の名前が無いってわかった時の気持ちがわかる?!」
私は確かに言ったはずだ。
零が死んだら自分は何をするかわからないと。
死んだ訳では無いけれど、零の生存が確認出来なくなった時点で私は怖くて怖くて仕方がなかった。
「少し考えればわかったはずだろ、俺はこういう仕事をしてるんだ。昔みたいにお前が後をくっついてこられるような話とは訳が違う」
その通りだ。
昔の私では零の後についていけないから、零の役に立てないから、こうしてエルバッチャというクラッカーとして私はここにいるのだ。
「どうして、こんなことしてるんだ、お前は」
「そんなの、零のことが心配で、死んでないか怖くなって、それで…」
「…昔と少しも変わらないな、お前は」
零が小さく息を吐いた。
「悪いけど今俺は降谷零を名乗れない。理由はお前なら分かるだろ。…命懸けなんだ。俺が降谷零だと知られれば、今度こそ確実にお前や父さんと母さんごと殺される。お前が殺されるだなんて俺は嫌だ。頼むから、お前はこっちに関わらないで…死なないでくれ、涼」

高校を卒業した後すぐからだ。
それまでは度々あった、双子ならではの感覚の共有みたいなもの。それが、突然、初めからなかったかのように起こらなくなった。
何となく片割れの考えていることがこちらにも伝わってくる。だからそれほど、おたがいに物事を伝える時に言葉を必要としなかった。
そのせいか、今この瞬間、一体零が何を考えているのか、何を思っているのか、分からなくなった。
私が強くなれば、役に立てるようになれば、零は必要としてくれるんじゃないかと、ずっとそう考えてきたのだ。

わからない。わからなすぎて、泣きそうだった。
私にもっと、普通の人ならわかるはずの常識が備わっていさえすれば、きっとこんなことにはならなかった。

「今すぐ帰れ。二度とこっちに関わるな」

なんだよ、結局私も零もただの自分勝手じゃないか。
「断る」
「は?!」
「断る。だって零と同じで、私も零に死んで欲しくない。私が出来ることで何か零の役に立つなら、私はそれで零を守りたい」
もちろん、私と零の関係については最高機密だ。それも守るし、零も、父さんと母さんも守る。

つまりこれは。

おたがいの意志が対立し、おたがいに譲り合わない意地の張り合い。
つまりはスケールの大きな、拗れにこじれたただの兄妹喧嘩という訳だ。

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title…Dear Alice様より

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