完全無欠な兄の思考


今日から高校生となる俺、降谷零には、双子の妹がいる。
名前は涼と言って、似てはいるが二卵生だからか少し俺とは違った顔立ちの、身内から見てもそれなりに綺麗な顔をしたヤツだ。

涼は、小さい頃から変わり者だった。
数学に関しては天才的な学力を持っているのに、文系科目はからきしで、心配になるくらいには頭の何かが抜けている。
抜けているというよりは、俺と同じ環境で育ってきているはずなのに、俺の当たり前や価値観が涼のそれと重ならない、常識に当てはまらないという方が適切な気がする。
基本的にインドア派で、俺とは違う白い肌は病的なほど真っ白、というよりは生っ白かった。

小学生の頃はまだ活発だった方で、何を思っていたのか、ことある事に俺のことを守ろうとしていたように思う。いつからかそれはやめてしまったようだったが。
基本的に関わりの少ない人間に対してはにこにこと外面のいい俺と、無口でなかなか笑わない涼は、小さい頃は似ていない双子、最近では身長のさも相まって、双子というよりは歳の近い兄妹だと思われることが多かった。
とはいえ兄妹仲は良好だ。
涼は身内には比較的よく喋るし、俺自身も、両親にだって話しづらい相談を涼にすることだってあった。

「起きろ涼、お前入学式から遅刻するつもりか?」
俺が朝食を食べていてもなかなか起きてこないからと様子を見に行ってみれば、案の定涼は頭から布団をかぶって寝こけていた。
こいつには緊張感というものが無いんだなといつも思う。
「くそ…もう朝か頼む零あと10分見逃してください…」
もぞもぞ動いたかと思えば諦め悪くなおも布団から離れようとしない涼。
俺はよいせと布団を引っぺがし、不機嫌そうに眉を寄せる涼に支度をするよう促した。
日焼けを知らない真っ白な肌のせいで、クマがよく目立つ。
きっと夜中までパソコンとにらめっこでもしていたのだろう。

ようやく頭が回り出したらしい涼は朝食を食べ始め、新しい制服に袖を通す。
せっかく悪くない見た目をしているんだから、背筋を伸ばしてしゃんとしていれば良いのに。

高校は家から一時間ほどかかるので、俺と涼は早い時間に家を出る。
「零は部活決めたの?」
「テニス部かな。お前はどうなんだ?」
「未定っていうか入るつもりないんだよねぇ。部活よりも“バイト”してる方がよっぽど時間の有効活用できてると思わない?」
口角をほんの少しあげて笑って見せた涼に、俺は頭が痛くなった。
涼は、さっきも言った通り、数学に関して天才的な頭脳を持っている。
俺だって勉強は得意だけど、この一点に関しては正直、一生かかっても涼には叶わないだろうと思っている。こいつに数学について質問して返事が返ってこなかったことは、多分一度もない。
涼の言うバイトとは、そんな才能を生かしたプログラミングの手伝いみたいなものだ。
もちろん、一般から募集するような普通のバイトではなく、涼がいつの間にか作り出していた謎の人脈からによるものだ。
俺が気づいた頃には既に涼はこのバイトを始めており、収入もなかなか良いらしいそのバイトの怪しさに俺は何度も辞めるべきだと説得しようとしているのだが、その説得が叶っていないことは今の会話でよくわかることだろう。
「…涼、その得体の知れないバイト、辞めないか?」
「やだよ、いずれここに就職するつもりなんだから。就職活動したくないんだよ私は」
いつからこんなにやる気のない子に育ったのだろうかと若干寂しくなる。
小さい頃はもっと、俺の行くところにどこだってついてきて、べったりと離れなかったはずなのに。
まあ、今の涼が妹として可愛くないわけでは決してない。
手のかかる分可愛がりがいがあるというものだ。限度はあるが。
涼の将来について不安を抱いたその時、ポツリと涼がこう言った。
「…零は、警察官になりたいんだっけ?やっぱりまだなりたいの?」
ふと、それまでの緩くおちゃらけたような涼の声音が、真剣なものに変わる。

そうだ、そうだった。
涼は、初めて俺が、将来は警察官になりたいのだと言った時から、この話題になる度に必ず悲しげな顔をするのだ。
「俺が警察官になるの、嫌か?」
だから俺も、いつもこう問いかける。
そしていつも、決まった返事が返ってくるのだ。
「警察官なんて危険な仕事、零に就いて欲しくないんだよ。零に怪我なんて、ましてや死んで欲しくなんてない」
ただ心配症で、俺に対して過保護なだけだと、この時は思っていた。
この言葉に、どんな深い理由が篭っていたのか、俺は知らずにいた。




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