あいたままの傷口


私と零が進学した高校は、それなりに学力の高い所謂進学校に分類される高校だ。
ここに入学してくる奴らは殆どが本気で勉強をしている真面目な人たちだから、私みたいな堕落した生活を送る人間は嫌という程目立った。

成績優秀で教師からの評判もよく人当たりのいい兄と、偏った学力に難ありなコミュニケーション能力を持つ妹。

この学校で知らない人はいないのではないかという程度に、あまりにも差のありすぎる双子として私達は学校中に名を轟かせた。
「涼ってさぁ、ほんとに降谷くんの妹なわけ?確かに顔は似てるけど」
「失礼な。ちゃんと双子だよ。…出来は随分違うけどね」
どれだけ酷いのかといえば、学校での数少ない友達にまで言われる始末であった。

さすがは進学校と言うべきか、高校に入学したばかりの時から既に大学進学についての話をされた。
そしてこれについて、私はいくつかの不安を抱いていた。
まず一つが、自分自身のこと。
最近、思うのだ。私はこのままでいいのだろうか、どう考えたって、零が誇れるような妹になれていないじゃないか、と。
正直、人間の悪い欲を全て寄せ集めて出来ているような人間を誇る酔狂な人はいないと思う。たとえ血のつながった双子だとしても。
だからせめて、零の友達や将来の彼女や奥さんに、こいつが俺の妹だよ、と紹介された時、零が恥ずかしい思いをしなくてもいいくらいには、私は成長しなければいけないのではないか。
でも、具体的に何をすればいいかなんてわからない。勉強は何度か頑張ったことがあったけど、何をしても国語と英語、社会だけは点数が伸びなかった。そもそも私の中身はイタリア人であって日本人ではない。英語は現地で通じれば困らないし、日本で学ぶ英語は私には細かすぎて理解できない。社会など以ての外だった。

そして二つ目、零の将来のこと。
零は進路希望の欄に、迷わず第一志望を警察学校と記入して早々に提出した。分かっていたことだけれど、零の意思は変わることはないんだなと、私は悲しくなった。
零は、私なんか置いて、どんどん先に行ってしまうのだ。私が守る必要も無いし、守らなければいけないほど弱くもない。
エルバッチャならばともかく、今の私じゃ、零に着いて警察官になることも、ほんの少し零の力になることもできそうに無かった。


零の夢と私の願いは変わらないまま、高校2年になり、3年の夏が過ぎ、あっという間に受験が終わり、私は地方の情報や技術系の大学、零は宣言通り警察学校へ進むことが決定した。

「警察学校、行っちゃうんだ」
「ずっと夢だったからな。頑張るよ」
心から嬉しそうに、そして心を引き締めてキリリと笑って見せた零に、私はもう、何が何だか、どうしようもなく悲しくなって、大声を出した。
「頑張らなくていいよ!!がんばらないで、お願い、警察官になんてならないで!」
零の目が、まだ言ってるのか、と呆れたように細められた。
「なんで誰かも知らない人たちのために零が命張らなきゃいけないの、零がわざわざ危険なことする必要あるの?もしもう二度と零に会えなくなったら私」
「涼」
声を裏返させながら、両手の拳を真っ白になるほど握りしめて叫ぶ私を、零の冷たい声が遮った。
「涼。確かに俺達は双子の兄妹だ。でもだからって、これから先もずっと一緒にいられるわけじゃないだろ。お前は少し俺に過保護すぎるよ。小さい頃みたいに、いつも守ってもらわなくたって、俺はもう弱くない。一人でやっていけるんだよ」
この瞬間、音を立てて私の何かにヒビが入った気がした。

次こそ自分の家族を自分の手で守ってみせるんだ、という、小さい頃から守ってきた、プライドみたいなもの。
心のどこかでは、もう零が私のことなんて必要としていないことに気づいていた。

零が警察官になりたいのだと初めて言った日から空いていた小さな傷口が、いつの間にか広がって、そこからボロボロと崩れだした。

じわじわと目の奥が熱くなって、こらえ切れくなって嗚咽が漏れる。

自立をするということが、イコール大人になっていくということなのに、私は零の自立を、自分が「もう涼は必要ないよ」と捨てられたかのように感じていた。

しゃくり上げてまともに喋れもしない私は、唐突に泣き出した私を見て固まる零に何も言わず、その場から走り去った。


それから零が警察学校へ進み寮へ入ってしまうまで、私たちの間に会話はほとんど存在しなかった。




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