「だから言ったんだ」


零が警察学校へ入り、寮生活になってからというもの、私達は1度たりとも連絡を取ることなく数年を過ごした。
そこから4年、零はとっくに警察学校を卒業していることだろう。私も大学を卒業し、プログラミング技術の高さを買われ、今までバイトをしてきた会社の本社へと移るべく、たった今アメリカ行きの飛行機に乗ったところだった。
今まで私に仕事を渡してくれていた所はその本社の末端も末端だったらしく、まあ今考えてみれば確かに簡単な仕事がとても多かった。

少し前、私のパソコンに差出人不明のメールが届いた。
内容は、簡単に言えばアメリカの本社への就職のお誘いだった。
バイトでさえ給料が良かったというのに、正職員になったら一体どれだけ儲かるのだろう…とここまできて、私はふと考えた。
たしかにこのバイトは、私の伝手から紹介されたバイトだ。私自身も、紹介してくれた人も、この会社が一体何をしている会社なのか、正直のところ詳しく知らない。なぜなら、詳しい仕事内容を聞こうとして書いたメールに、返信が来なかったからである。
もちろん、メールをもらった時点で、私がハッキングでも何でもして調べようとすれば調べられただろう。
けれど、自分のためにハッキングやクラッキングをしてしまえば、私は自分があの頃の、周りが何も見えていなかった頃の雑草に戻ってしまう気がして、どうしてもすることが出来なかった。
唯一私が送ったメールの中で返信があったのは、アメリカに飛ぶのでどうすれば入社できますかと書いたメールに対してだけだった。
もとはいつものバイト先に就職するつもりだったから、それよりいい所に就職できるのなら断る理由はないけれど、流石に安易に決めすぎただろうか、と今になって悩む。流石に怪しすぎたか。こういう危機管理のなってないところも、昔からの私の弱点だと思う。それさえ出来ていたら多分、私はまだまだエルバッチャとして警察に追われていただろうから。

日本から目的地の本社があるワイオミング州までは20時間前後。
ワイオミング州はアメリカで1番人口の少ない州だ。
正直、そこに大きな会社なんかあるんだろうかと思うのだけれど、そう指定されたからには行くしかない。

私はブランケットを頭からかぶって、そっと目を閉じた。






一度乗り継ぎをし、そこからさらに飛行機に乗って、到着したワイオミング州。
今は12月末なのだが、標高が高いからか、ここはとにかく寒かった。

電子の海では迷子なしの私は、悲しいことに地理能力が皆無だった。
地図とお友達になりながら道を聞き、間違っては戻りを繰り返し、まず辿りついたのは今日から1週間予約を入れてあるホテルだ。
本社に顔を出すのは明日になっているので、今日はここで夜を明かす。
それほど多くはない荷物を下ろして、疲れきった体をベットに放り投げる。
飛行機の中で寝たとはいえ、熟睡とは行かない。すぐに瞼が落ちてきて、せめてシャワーだけでも浴びなければとどうにか起き上がる。

シャワーを浴びながら、随分遠いところまで来たんだと、ひきこもり気味な自分にしてはものすごい長旅だと苦笑する。

零は、どうしているだろうと、ふと思った。
毎年、生存報告のつもりかなんなのか、実家に年賀状が届く。
零も零で、高校卒業前の喧嘩が気まずかったのか、あれ以来一度も変えていない私の電話番号に掛けてくることは無かった。
今頃巡査としてどこかの交番に配属されているのだろうか。

零と喧嘩したことを、私は死ぬほど後悔している。後悔しているが、駄々をこねたことに関しては後悔したことは無い。ただ、あの場で怒鳴って立ち去らなければよかったのだと思っている。
喧嘩をして、連絡すら取らなくなった今になっても、私は未だに零の力になれれば、なんてことを考えている。数年もすれば、零は部下を持つことになっているだろうに。
「…アホらしい、未練タラタラだな、私」
必要ないよと、言われたっていうのに。


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