愛情を受け取れ、と伝えた冴島はその言葉の通り、その瞳を見つめたままゆっくりと近づくと、馬場の唇を優しく奪った。
 焦りだしたのは馬場の方で、頑なに口を引き結んで解こうとしないものだから、冴島は一層優しくその熱を押し付けるだけに留めた。

――兄貴が、そんな。まさか。

 投げたままの馬場の身体を掬って、再度ベッドに寝かしつけるのに、馬場は尚もそこから藻掻く。ドアの近くで揺れるサイドランプだけが暗闇の中で二人を照らした。

「馬場ちゃん。優しくさせてや」

 困ったように眉を下げた冴島が、懇願するように馬場の耳元で囁いた。


 嘘だ。嘘だ。こんなの嘘だ。俺が創り出した妄想が。こんなに浅ましい自分は、他の誰かに抱かれているのに冴島さんだと思いこんでいる、それだけだ。

 頑なに信じたくない馬場を笑いながら、それでももう、このアホには引いてはいけないのだと。冴島は諭す様に、その耳に愛情を囁いた。

「馬場ちゃん……これ、わからんか」

 ハッ、と気づくと、馬場の太腿に冴島の股間が当たっている。先程冷えた馬場の心臓が、混乱したままの頭に強く熱い血を送った。
 兄貴が。人間だった……? あまつさえ、俺のことを求めている……?

 急に火照る身体と同時に、思考回路もショートしたようで、目を見開く馬場に、今度こそ冴島は深く口付けた。
 怖かったのは、冴島とて同じなのかもしれない。今はただ、甘やかしたかった。

「お……俺、冴島さんのことが好きで……でも、そんな俺が、許せなくって……」

 キスの合間に次第に懴悔を漏らす馬場の唇に、わかっとる、わかっとるわ、と振動で直接伝える。
 鼻に、目蓋に、その綺麗に震える睫毛まで。戯れる様にキスしながら、冴島は下半身を上下に押し付けながら馬場で自慰をした。それに喘ぐのは何故か冴島ではなく馬場で、部屋は二人の荒げた息で充満する。

「あ、あにき、もうっ……俺、」

 表情には確かに余裕を浮かべているのに次第に硬度を増していく冴島のモノに、歓びで打ち震えてしまって先に音を上げたのは馬場だった。それに合わせて冴島が馬場の首筋を甘く噛んだ。
 昂った気持ちのまま、ガバっと起き上がった馬場が、自ら服を脱ぎだす。冴島はくすくすと、上品に笑ったように聞こえたが、次の瞬間には情欲の色を乗せた瞳で馬場の身体を見つめた。勢いよく動き出した筈なのに、上半身だけ脱いでハアハアと息を整える馬場のベルトを外してずるり、と下も脱がせた。

「わ、ちょ……と、冴島さん」

 ぶつくさ言いながら素直に脚を動かす馬場は、やはり綺麗な身体をしている。ゆっくりと押し倒しながら、する、とその肌を撫でると、何故こんなに滑らかなのだろうと不思議な気持ちにもなる。冴島ばかり神格化されてこの生きた数十年を無視されるのも心外だが、馬場を言い換えて表象しようものなら、堕天使……否、らしくないことを考えた。心臓に手を当てても、とくとくと確かに鼓動を感じる。ふたりともただの人間であった。


「冴島、さん、脱いでくださいよ」

 肌を撫ぜる感覚に擽ったさを感じながらも、口を尖らせて馬場ちゃんが文句を言った。愛おしい。笑いながら冴島も服を脱いでいく。
 カラカラと音を立てて大きなベルトを外すとき、とうとう我慢ができなくなったかのように馬場からキスをせがんだ。目を瞑っているのに、そのまま器用に冴島のズボンを脱がせていく。
 参ったな。若いとはおそろしい。そう、思いながら、ベッドのサイドにある小さな棚に手を伸ばした。昔と同じであれば、ここにローションとゴムのストックがある筈だ。古くないと、良いが。……あった。

 ナニを見たのか動きが鈍くなった馬場を、改めて寝かせる。先程の勢いは何処やら、馬場は不安そうな表情を浮かべていた。そっとその顔に近づいて、みたびキスを落とす。――困らせたいわけじゃない。

「少し、ひやっとすんで」
「ん……大丈夫です」

 ローションを手に出して、気持ちだけ温めてから馬場のモノに垂らした。ゆるりと勃ち上がっていたソコは、やはり冷たさで一度打ち震えた。……優しく。優しく。丁寧に広げるように後ろまで塗ると、馬場の口から甘い音が漏れる。

「あっ……ん、ンン、あ、兄貴……」

 こりゃいかんな、と冴島は脳の片隅で冷静に考えた。馬場ちゃんがあまりにも綺麗に色気を孕んで喘ぐものだから。本人も気づかず強く煽ってしまっている。丁寧にしてあげたいという気持ちが、早くも崩れてしまいそうになる。
 タマから後ろにかけてをやわやわと触ると、そこがいいようで、イヤイヤ、と頭を振った。カリを引っ掛けるように扱き、同時に触ってやると、一層蕩けた様な声が部屋に響いた。

「あッ……ぃや、、やだ、さえじまさ、ンンッ……やだ、やだ……!」

 やだ、と叫びながら、馬場はガクガクと身体を大きく揺らし、性を吐き出した。元々持つ色気なんだろうか。綺麗で、仕方がない。もし今晩この情景を見ていたのが俺でなかったなら。……ギリリ、と誰にでもなく怒りが腹の底に灯った。ただ、それだけなのだが。