ひどく探り探りの会話になった。
まとめると、冴島さんは2ヶ月ほど前からこのお店に通うようになったらしい。俺のことだとは思わずに、「ヨシくん」のことはちょくちょく話を聞いていた、と。このお店で働いていたことはもう完全にバレている。
「鈴木さん、その。俺がここに来る理由がわかってるなら、鈴木さんがここに来る理由も教えてほしいんですけど」
「せやな。……まあ、結論から言うと、お前と一緒やな」
「一緒、ですか」
「ああ。俺が25年勤めとったんは知っとるやろ。出てきたら、女を抱くんがなんや怖くてな。妥協案としてこない店に顔出しとったら、居心地良うなってしもた」
「なるほど」
冴島さんはしばらく見ないうちに、少しやつれたようだった。きっと仕事が忙しいんだろう。――それは俺も一緒か。
「アイツは、毎回つくんですか?」
店内を見回すと、カウンターに腰掛けながらミサキくんがこちらを見ていた。スカート短すぎんだよ。パンツ見えんぞ。仕事しろ。
「そやな。あんくらいの方が、明け透けでわかりやすうてええわ」
「趣味いいですね」
思いっきり皮肉を言ってしまった。
冴島さんは一瞬ポカンとこちらを見たが、次の瞬間には何故か笑いだしていた。
「……何笑ってるんですか」
「いや、お前も大概やと思てな」
「はあ?」
「場所変えよか。付き合うてくれるやろ?」
鞄の中身をひっくり返しても、断る理由は見つかりそうになかった。
「この前掃除したばっかりやから綺麗やと思うけど、なんや気になったら言うてや」
劇場前広場の脇、地下へ降りたところにその部屋はあった。
「ここは……?」
「昔カチコミかけた組の事務所や。そんあとうちが話つけて使っとる」
「へえ」
神室町は店も頻繁に変わるし建物自体も壊されたり立て直したり、目まぐるしい。
冴島組の事務所自体もここからそう遠くないと聞いていたけど、別に部屋があるんだな。大きなソファがあるが座れずに立ったままフラフラとしてしまう。
「さっきのアイツもよくここに来るんですか」
「ミサキか。ここはそういうんちゃう。身内用や」
身内用。じゃあ例えば秋山さんは来たことあるんですか。そんな言葉が浮かんで、口に出さずに消えた。……キリがない。冴島さんは今や組長なんだから、誰だって連れ込めるだろう。
「聞いたこと隠してるんは性に合わんから言うけど……俺はあんたがウリセンで人気やったとこまでは聞いたわ」
サイアク。事実だから仕方ないけど。
「随分と昔の話ですよ」
「そうか。今も会いに客がくるくらい人気やったんやな」
「……何が言いたいんですか」
「……」
「冴島さんこそ、あんな店通いつめて。ミサキはもう食ったんですか」
跳ねっ返りの強い性格のせいか、谷村は見た目より真面目なのにいつもすんでのところで喧嘩腰になってしまう。――不本意ながらこれは俺が説教される流れだ。冴島さんは義理と人情を地でいく良い人だから。
「そやな。食ったわ」
「……え」
「あんな、谷村、」
冴島さんが何を言おうとしているのかわからず、そっとそちらを見たつもりだった。冴島さんはいつもと同じ顔でこちらを見ていた。悟っているように見える。家蜘蛛は逃がすタイプ。
「俺はずっと極道や。これからもな。……他の奴と何かちゃうなんて、考えん方がええ」
「……それは」
どういう。
冴島さんがゆっくりと近づいてきた。何を思っているのか知りたい。けど、いくら見てもわからなかった。
「ええな」
そのまま胸ぐらを掴まれた。
やっぱり怒られてる?……危ないから気をつけろと言いたいのかもしれない。
「……はい」
俺が応答するや否や、冴島さんは俺に口づけた。
え? 「ええな」って、何がだ??
「ンッ……」
少し抵抗をするが、舌を入れられ俺のを絡め取られた。……こういうの、久しぶりだからゾクゾクする。
冴島さん、キスあまり上手くはないんだな。
「ん。さえじまさん」
不意に名前を呼ばれ、冴島が顔を離した。
「あ?」
「冴島さん、冴島さん」
「……何やねん」
「俺です。谷村です」
「……」
すいません。やられっぱなしも性に合わないんで。
――いただきます。