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「んで? なんでこんなことをしたんだ?」

わたしたちが控室に入ると、ちょうど覆面を脱いだゼロスくんが、セレスちゃんにそう問いかけているところだった。
近くには兵士も控えているけれど、質問やその他はすべて神子に任せよう、と判断したのだろう。仲間であるわたしたちのことも素直に中に通してくれて、そっと彼に並んで兄妹を見た。

威圧的にならないように、と思って後ろの方でわたしたちは眺めているわけだけれど、セレスちゃんは話すつもり自体があまりないらしい。無言で、しかもわずかに目をそらしている彼女に、ゼロスくんは大きく……たぶん少しでも話しやすくなるようにという気持ちも込めて、わざとらしいため息を吐いた。

「セーレースー、お前は本当なら修道院から出ちゃいけない人間なんだぞ! 事と次第によっちゃあ、いくらお前が妹でも……」
「お待ちください、神子さま、違うのでございます! この度のことはこのトクナガがすべて勝手に……」
「お黙りなさい! トクナガ! お前の計画に賛成したのは私です。私に責任があるのです」

執事であるトクナガさんが話し出そうとしたのを、セレスちゃんがぴしゃりと止める。それまで黙り込んでいた時は、拗ねている妹のようにも見えていたけれど、背筋を伸ばした彼女は凛々しい淑女だ。
……まあ、その理由も、計画とやらも、何も話してくれないので、責任も何も、まだそこまで話が進んでいないのだけれど。
ゼロスくんが聞くから気まずいのかもしれない。そう判断して、ちょっと割り込むみたいで申し訳ないけれど、あの、と一歩前に出た。

「まずは、お話を聞かせてくれますか? 今のところ、何も話が見えないんだけど……」
「私が愚かだったのです。闘技場で神子さまや皆様にセレスさまが勝てれば、皆、セレスさまのお力を認めざるを得なくなる。そうすれば、セレスさまも皆さまの旅にお供させていただけると……」
「ト、トクナガ!」
「え? セレスさんも私たちと一緒に来たかったの?」

トクナガさんの話を聞いたコレットの言葉に、セレスちゃんの顔が真っ赤に染まっていく。
なるほど。確かに、彼女がゼロスくんに対して素直になれない系妹であることは、以前に神子の宝珠を受け取りに行った時にわかっている。大好きなお兄ちゃんと一緒に旅をしたい、と思うのはそんなに不思議なことじゃない。
危険な旅であるからこそ、わたしたちより強ければ頼りにもなるし……そう考えると、この計画はそんなに明後日の方向に行っているわけでもないし、彼女の実力を考えれば達成できる可能性はある。だから彼女もその計画に乗った、ということだろう。

「ち……ちが……」
「セレスさまは……お兄上さまである神子さまの身を案じて、ともに旅をされたいと願っておられるのです」
「ち……違いますわ……そういうことでは……だって、お兄様は……お母様の……」

まあ、本人は相変わらず、素直になれないようで、真っ赤になったまま気まずそうにゼロスくんをちらちらと見上げるばかりだ。
その視線に、ゼロスくんは何を思ったのやら。すっと声のトーンを落とすと、セレスちゃんに対して申し訳なさそうに目を伏せた。

「……そうだな。すまないな。俺はお前に恨まれても仕方ないからな」
「う、恨んでなんておりません! 私はお母様のことも、お兄様のことも……」

すぐに首を振ったセレスちゃんに、ゼロスくんは心底驚いたように目を見開く。
妹に嫌われている、というのは、彼の中では事実だったのだろう。ものすごくわかりやすく素直でないだけの妹だったし、普段のゼロスくんならすぐに嘘だってわかっただろうけれど……それだけ大事に思っていて。思っているがゆえに、お互いに嫌われていると思い込んでしまっていた。
その誤解がゆっくりと解けようとしている姿に、わたしは問いかけるために前に出していた足を、そっと後ろに下げた。

「……セレス……」
「今でこそ、病弱な私もエクスフィアの力を借りてこうして戦うことができますけれど……それさえできなかった子供のころは……お兄様に遊んでいただくのが、私は一番うれしかった……」

誰のことも恨んでなんていないし、嫌ってもいない。
どちらのことも好きだからこそ、素直に手を取ることができなかった。

彼らの間にあるその複雑な事情を、わたしたちは知らない。特別複雑な事情があるんだろうなって、それだけだ。
でも、それだけでいいのだとも思った。セレスちゃんとゼロスくんが、ちゃんとわかっているのなら。向き合えるのなら。……あなたが好きだって、伝えられたのなら。

「神子さま、みなさま、セレスさまは負けはしましたが、それでもお強うございましたでしょう? どうかセレスお嬢様を皆様の旅に加えてくださいませ」
「……そいつはだめだ」
「お兄様! やはりお兄様は私のことを……」
「違うって。お前のこと、恨んだりしてねーよ」
「それなら!」
「あのなー! エクスフィアをつけてたって、お前、時々寝込んでるだろうが! 危険なたびにお前を連れていくわけにはいかねーんだよ」

ゼロスくんの言葉に、セレスちゃんがぱちぱちとまばたきをする。
その言葉の意味を飲み込もうとして、けれど不安もあって上手に飲み込めなくて、不安そうな表情のまま口を何度も開閉させて。手を伸ばそうとして、躊躇う。

「でも私……」
「お前が……大事だから言ってるんだ。わかるな?」

でも。けれど。ゼロスくんが彼女の手をとった瞬間。その言葉を聞いた瞬間。
セレスちゃんはぱっと顔を上げる。その言葉が本当かどうかを確かめるように兄の顔をまじまじと見ては、嬉しそうに頬を染めて、泣きそうに瞳を潤ませて。本当ですか、と涙交じりの声で何度も問いかけた。

「私が……大事? 本当ですか?」
「……俺はお前には嘘をついたことはねーぞ。な?」

慣れているはずなのに。ちょっとだけぎこちない動きでセレスちゃんの頬を撫でるゼロスくんは、とっても優しい顔をしている。
だから、セレスちゃんも。とっても優しい顔で、ほろりと涙をこぼしながら、その手をぎゅうっと握って笑った。

「……はい。お兄様」