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「正直なところ、私はあの時、君が戦わずにすんだことに安堵した」

トイズバレー鉱山の奥へと向かう間に、リーガルさんがそう話しかけてきた。
あの時、が何を指すのかは、すぐにわかった。ミトスくんと戦った時のことだ。ううん、わたしは戦っていないに等しいけれど……だからこそ、彼が思い浮かべているあの時がいつのことであるのか、わかってしまった。
なんと答えればいいのかわからずに彼を見上げると、リーガルさんも少し苦い顔をしていて。身勝手な思いですまないが、と前置きをしたうえで、安堵の理由を教えてくれた。

「私と同じ苦しみを、君は味わうことなくすんだのだと」

は、と、小さく息を飲む。
リーガルさんと同じ苦しみ……それは、アリシアさんという大切な人を自分の手で殺してしまった苦しみの話だろう。
あの時、わたしは戦えなかった。戦えない状況にされていて、見ているしかできなかった。
わたしはそれを、すごくすごく歯がゆく思っていて、すごくすごく、悔しく思っていて、すごくすごく、苦しく思っているけれど……それを見て。リーガルさんは、安心したのだ。
わたしが好きな人を自分の手で倒すような、殺すようなことにならなくて。わたしが彼と同じ苦しみを味わうことにならなくて……安心してくれた、のだ。

それは、間違いなく彼の優しさだ。
とても優しい人だから、自分を同じ苦しみを経験しなくてよかったと思ってくれる。
そして、やっぱり優しいから。わたしが、戦えなかったことに苦しんでいることも、わかってしまった。
わたしの周りには、本当に優しい人しかいないな。だから……こうやってちょっと、甘えてしまうのだ。どちらにしても悩んでしまいますって、寄りかかってしまう。

「……そう、ですね。覚悟はしてたけど……あんな風に泣いちゃったあたり、もっと酷かったかも。でも、今は今で、あれでよかったのかなって悩んでるから……」
「私が言うのもなんだが、おそらく君は、どちらを選んでも後悔しただろう。人間とは迷うものだ。ああすれば、こうすれば……常に悔やみながら歩き続ける。だから、その悩みを恥じることはない」

ああ、もう、ほら。わたしがこうやって悩んでいることを言っても、みんな優しく受け止めてくれる。なんて優しい人たちなんだ。これだからわたしは甘えてしまって、みんなのことが大好きになってしまって、誰も選べなくなってしまったんだ……なんて。さすがにそうやって言い訳にするのは甘えすぎか。
わたしは、きっとこれからも悩む。あの時ああすれば、こうすればって、何を選んでもきっと後悔する。だからこそ、わたしは足を止めるわけにはいかない。選んだことの、責任を取らないといけない。
それは間違いなく、わたしが選んだことだから。

「ありがとうございます。……まだ、いろいろ、ぐるぐるしてますけど。でも、大丈夫です。ちゃんと、前を向けます。……戦うことも、向き合うことも、すごく大事なことだって、みんなが教えてくれたから」

しいなとくちなわさん。
ゼロスくんとセレスちゃん。
みんな、戦うことで、前に進む姿を、わたしに見せてくれた。
お互いの間にある感情はみんな複雑で、それぞれに事情があって、解決したこともあればしなかったこともある。未来の自分たちが結果を出すこともあるし、すべてが綺麗に解決するわけじゃない。
それでも。それでも、みんなはちゃんと、向き合って。ちゃんと、何かを得ていた。羨ましいくらいに、前を向いている。
そしてきっと、わたしはこの鉱山の奥でまた、いろんなことを思うのだろう。
エクスフィアとの向き合い方も変わるのかもしれない。それが変わったところで、わたしはあの時の後悔を忘れないし、リーガルさんの言う通り安堵もするだろう。何も変わらない。でも……まだ、変わりたいって。頑張るために、前を向くために。心の準備をするための力には、なるかもしれない。

そう。そうだね。みんなが教えてくれる。わたしがいっぱい泣いても、みんながいる。
ううん、わたしだけが泣いたわけじゃない。この旅でみんないっぱい泣いて、戦って、絶対にあきらめずに歩いてきた。
……一人じゃ、なかった。誰も。
わたしたち、みんなで旅を、してきたんだ。

「……君は、十分強くて素敵な女性だ」
「そ、そうですか? リーガルさんに言われると照れるな……」
「照れることはない。自信を持つといい。誰かの優しさをきちんと受け止めることができ、前を向こうとする。それは、とても難しいことだ。……アリシアは自分を罰するなと言ってくれた。だが、私は……己を許すのは、己が罪だと感じたことから、後悔から、前に踏み出すのはとても苦しいことだとも思ってしまって、なかなかうなずくことができなかった」
「……リーガルさんは、まだ、自分を許せないって思いますか」
「思う」

即答、と言ってもいい速さで答えたリーガルさんに、わたしは思わずじっと彼を見上げた。
彼の手には、まだあの大きな手枷がある。彼の罪の象徴。いつかこの旅が終わった時。クルシスを倒した時、自分を許す形で解くと決めた、彼の決意。
今も鈍く光るそれがそこにあるのだから、リーガルさんがそう答えることはおかしくない。でも、彼の復讐自体は終わっていて、アリシアさんの言葉があって。それでも即座に返事をするほどとは、ちょっと思ってなかった。

それはたぶん、わたしが勝手に、リーガルさんはすごい人だって思っているからかもしれない。とても素敵で、すごい人だから。
みんな、みんな、わたしよりずっと前にいるって、思っているけれど。でもみんな、わたしと同じように、一生懸命、足掻きながらここまで来たんだって、忘れていたからかもしれない。

「……だが、いつか許せるだろうとも思う。それを彼女が望んだからというのもあるが……それ以上に、人は変わるものだから。自分が胸を張れる人間だと少しでも思えた時。私はきっと、本当の意味で己を罰することをやめるだろう」
「自分が胸を張れる人間だと、思えた時……」
「ロイドの言葉を借りれば、人は皆、幸福に生きるために生まれてくるのだ。だからこそ……そうだな。これは、私の勝手な気持ちだ。無視してくれてもいい。ただ、君に伝えることを許してくれ」

そう言って、彼は緩めていた表情を引き締めて、ぎゅっと両手を握りこむ。その手首にはめられたままの手枷を見ながら、懺悔するように。前を歩く二人には聞こえないくらいの声で、彼の……前を向いてはいるけれど、踏み出せないでいる一歩の言葉を、形にした。

「仮にアリシアを怪物に変えた原因が人間の側にあったのなら、私はクルシスではなく人間を恨んだだろう。我々はミトスと同じなのだ。自分たちの理屈と合わない者。自分たちを不快にさせる者を力で排除している」
「……リーガルさん」
「私は……私をミトスに置き換えることで、自分の正当性主張しようとしていたのかもしれぬ。だからこそ、思うのだ。君が、そうならなくてよかったと」

ふ、と目を閉じて。もう一度開けて。
リーガルさんは優しく目を細めて、わたしを見た。

「ミトスと君は、お互いを本当に大切にしていたと思う。だから、殺し合うようなことにならなくて、よかった」