みんなの推測通り、エクスフィアのついたその本こそが魔王が封じられた書だった。
それなりに大きなエクスフィアが表紙についていて、よくもまあ気付かなかったというか、あまり騒がれなかったというか。本棚に静かに収められていたその本は、わたしたちが握りしめていた封魔の石に呼応するようにきらめいたかと思うと、次の瞬間には本の中に吸い込まれるように意識が遠のいていく。
本の中、というと、ちょっとファンシーなイメージがわたしの中にあったのだけれど。次に目を開いたとそこは、ただただ広い空間が広がっているだけの退屈な場所だ。
遠くから聞こえる声は、魔物のものだろうか。もしかしたら、ここのどこかにはあの剣を持った黒い骸骨みたいな魔物と同じような存在がいるのかもしれない。
ここで、どうやって本を燃やすのだろう……と誰かに問いかけようとして。そこにいた、わたしたちとは違う三人の人影を見て、口を閉ざす。
そこにいる三人の姿に驚いている間に、彼らもまた、驚きで表情を満たした。
「キミは……!」
そう、口を開いて。すぐに口を閉ざす、少年。
その後ろにいる、二人の男。
全員に、見覚えがある。忘れられるわけがない。この場にいる誰もが、彼らを知っている。
……ミトスくんと、そしてクラトスさんとユアンにそっくりな三人が、そこにいた。
「……ううん、なんでもない。有り得ないもんね」
「現れたのは我々ではない……ようだな」
「まあ誰でもいいよ。はじめまして。ボクはミトス。ミトス・ユグドラシル」
とても、懐かしい響きを宿して、ミトスくんがそう名乗り上げる。
嘘をついている様子はない。この分なら、クラトスさんとユアンにそっくりな彼らも、わたしたちが想像しているのと同じ名前を名乗るだろう。
けれど、どういうこと? 彼らは一体、何者なのだろう?
だって、ミトスくんは、わたしたちが倒した。彼が消えていなくなるところを、間違いなく見た。幻覚だとして、どうしてこの三人の姿なのだろう。
戸惑っているわたしの横を、ジーニアスが駆け抜けていく。ねこにんの服は脱いで、いつも通りの恰好をした彼は、一生懸命に声を張り上げた。
「ミトス! ボクだよ! ジーニアスだよ。ねえ、ボクのこと忘れちゃったの? それにこっちは……」
「ごめんね、キミ。もしかしたら本物のボクはキミと友達なのかもしれないけど、ここにいるボクは昔の記憶の存在なんだ」
「……じゃあ、幻なんだね……」
優しい声色で諭されて、ジーニアスががくりと肩を落とす。
ミトスくんの幻は……ミトスは、その姿を見て申し訳なさそうに眉を下げた後、再びわたしたちの方へと顔を上げた。
「封魔の石を持っているな。それは魔界を浄化するための聖なる石だ。それが浄化の力を持つまでユミルの水に浸しておく必要があった。そして、それまでマクスウェルに託したはずだ」
「確かに託されていたわ。この禁書は封魔の石が出来上がるまでの仮の封印なのね」
「その通りだ。しかし扱うには強靭な精神力を必要とする。だから我らはここに記憶を残して、魔王を焼き尽くす者が現れるのを待っていた」
「ボクたちは大樹カーラーンを復活させる使命があるから、体ごとここに残るわけにはいかなかったんだ。記憶だけの幻だけど許してね」
その石でつけた炎で燃やしてと頼むミトスに、任せてくれと答えたのはロイドだ。
彼だって、後ろにいる幻に思うところがあるだろうに。明らかに動揺するわたしとジーニアスをなだめるように背中を叩いて、まっすぐに背筋を伸ばして、彼らにうなずいてみせる。
その姿に安心するのはわたしたちだけじゃない。願いを聞きいれてもらえたことに安堵したように頬を緩めたミトスは、そのままそうだ、と興味に瞳を輝かせた。
「ねえ、キミたちは本当のボクを知っているんでしょう? ボクは……ボクたちは、大樹カーラーンを再生できた? ハーフエルフは少しは受け入れてもらえるようになった?」
「う、うん……」
「まだ迫害されているようだな。人間共め!」
「落ち着けユアン。彼らはハーフエルフと共にいる。少しは変わったのかもしれぬ」
ジーニアスの煮え切らない返答に、ユアンがそう拳を握りこむ。
けれど、クラトスの言葉に納得もしているのだろう。確かに、二人も一緒に行動しているようだが、と小さく声を零すと、そのままふん、と両腕を組んで、横を向いてしまった。
なんだか意外な気持ちだ。かつて、一緒に旅をしていたという彼らは、いつもこんな様子だったのだろうか。ここにマーテルさんもいて、四人で世界をめぐって……大変だけど、仲間と共に、旅をしていたのだろうか。
「そうだね。キミ……」
「ロイドだ」
「ロイドか。なんだか懐かしい名前だね。ねえロイド。ボクたちがまだカーラーンを再生していなかったら、手伝ってくれる? キミたちなら一緒に大地を再生してくれる気がするんだ」
そう問いかけるミトスは優しい瞳で、けれど明るく笑いかける姿は、わたしにとっては懐かしさばかりが胸を満たす。でも、以前アルテスタさんの家にいた彼とは、少し印象が違って感じることだろう。長い時間を過ごす間に変わったのか、みんなと接していた彼は大人しく控えめな印象が強かったから。
だから、ロイドも少し驚いたような顔をして。でもすぐに、もちろんだ、と力強くうなずいた。
「……約束する。必ず……大樹を復活させるよ」
「ジーニアスもみんなもお願いだよ」
……ああ。こんな風に、みんなと一緒にいる彼のこと、見てみたかったな。
きっとこんな風に、仲良くなれたはずなのにな。
なんだかまた目の奥が熱くなって、泣きそうになっているところで。彼の目が、わたしを見る。一人で泣かないでとでも言うように。
ミトスの目がわたしを映しこんで……ほわりと。嬉しそうに蕩けた。