ほわほわ。ふわふわ。
嬉しそうな、蕩けそうな笑顔を向けてくるミトスに、わたしは何も言えなくなる。
ううん、この幻の……当時の記憶でしかないという彼に、何と声をかけるべきかわからなかったから、彼に笑顔を向けられたことだけが理由というわけじゃないのだけれど。
もう、体感時間一年以上前。正確には四千年前。よく見ていた柔らかいそれよりも、ずっとずっと蕩けそうな笑顔を向けられたら、もっとわからなくなってしまった。
「……嬉しいな。本当に嬉しい。彼女にそっくりな人に会えるなんて。彼女は……ナギサは、ボクの初恋の人だから」
はつこい。
飛び出てきた言葉にまばたきをすると、ミトスは照れくさそうにはにかむ。
初恋、だなんて、言うほどに。
仲間ができて、二人だけじゃなくなっても。
わたしを、覚えていてくれるの。
「それじゃあね」
「……ねえ、君!」
思わず。
思わずミトスに呼びかけてしまってから、わたしはまた言葉に迷う。
だって、何を聞けばいい。何を聞きたいの。彼は、彼であって彼じゃない。でも、でも。初恋だなんて嬉しそうに笑う彼に、なんだか急に、いろんなことを、思い出してしまって、素直にお別れができなかった。
……ミトスとしてわたしの前に現れたミトスくんは、いつもわたしのこと気にかけてくれていた。わたしの話を聞いてくれて、泣かないでほしいって言って、新しい約束をくれて、ちょっと控えめに甘えてきたりして。テセアラに戻ってこれないかもしれないって言った時にしていた悲しそうな顔は本当だったし、懐いてくれているって、ちゃんとわかった。
ユグドラシルとして再会したミトスくんだって、わたしのことを忘れないでいてくれた。四千年も経てば、わたしのことなんて忘れてしまってもおかしくないのに。伝承の一説に残してくれただけでよかったって思ったのに、忘れないでいてくれて、抱きしめてくれて、それで……傷つけないように、遠ざけた。
フラノールでもそう。戦わないように牢に入れられた時もそう。彼は、直接わたしに危害を与えるどころか、守ろうとしてくれていた。
それなのに、わたしの手を取ってくれないから、すごくすごく困って、焦って、どうしようって、わたしはそればかりだったけれど……でも、でも。大切に、されていたと思う。
きっと、少しタイミングが違えば。立場が違えば。姿が違えば。この幻のミトスと同じような笑顔をむけてくれたのかもしれないって、そう思って。
「君……君を、ナギサはちゃんと支えてあげられた? 君を、守ってあげられた? 約束を破っていなくなった奴だけど、君と最後まで一緒にいられなくて、ちゃんとお別れも言えなかったような奴だけど……一緒にいたこと……後悔、してる?」
わたしは、そんな風に大切にされるような人だったのかと、そんな問いが零れた。
わたしは二人のことが好き。大好き。ずっと君たちを忘れずに、ここまで来た。逃げたくなったり怖くなったりしても、君たちにもらった優しさを思い出して、君たちと一緒に夢見た世界に変えたくて、わたし自身も変わりたいって気持ちを繰り返して、何度も奮い立たせてきた。
ねえ。初恋って、わたしのことを好きって言ってくれた君は、同じことを、思ってくれていた? ……わたしを、選んでくれる、可能性って、あった?
「……約束したんだ。たくさん。ボクはその一つ一つを覚えてる。その全てがボクのお守りで、誓いで、宝物なんだ」
わたしがわたしであることを、この幻のミトスが気付いているかどうかはわからない。
でも、まっすぐに、彼はわたしを見る。大切そうに、その思い出を語る。
「いつも支えられたよ。出会った時もいなくなった後も。ずっと大切なんだ。例え数千もの時が流れても。世界が幾つに別れても。後悔なんてしてないよ。ナギサと出会ったことも、この道を選択したことも」
……ああ。
わたし、この。強くて、まっすぐで、優しい目が、ずっと……
「……ありがとう」
そう、一言を絞り出して伝えれば、ミトスはやっぱり、ほわりと笑って。
そうして、それじゃあ後は任せたよ、なんて言って、姿を消していく。
やがて見えなくなった三人の英雄がいた場所を見つめながら、ぽつりとロイドが呟いた。
「あれが、勇者ミトス……英雄って呼ばれてたミトスなんだな」
「……優しそうな人だったね」
きっと仲良くなれたよね、と手を組むコレットに、わたしは目を閉じる。
そうだね。何度も考えた。きっとロイドとミトスくんは仲良くなれるだろうなって。いろんなところがそっくりだけど、いろんなところが似ていない二人なら、一緒に世界だった救えたかもしれない。
実際には、そんなことにならなかったけれど……でも、かつてのミトスくんの姿を見て、そう思ってくれるなら、それだけでもよかったかな、なんて思って。
早く言われた通りにここを燃やそうとみんなの方を振り返れば、ぐいとジーニアスに手を引かれた。
「ナギサ。ミトスは、ずっとキミが好きなんだからね」
そう、力強く、言い聞かせるように伝えてくるジーニアスの目は真剣そのものだ。
どうかこの言葉だけは忘れないでほしいと、そう訴える目に、わたしは上手な切り返しが浮かばない。
「絶対。ずっと。……ボクの友達は、キミのことが、大好きなんだから」
「……うん。ありがとう」
ただ、それだけ。それだけを伝えるだけで、胸がいっぱいになってしまう。
……わたしも好きだよ。両思いだね、なんて。言えなかった。