「……ナギサ。ずっと、君には話さないといけないと思っていたことがある」
ふと、ユアンはそう言うと、わたしに向き直ってこほん、と咳払いをする。
それからさっさっと服をはらって、背筋を伸ばして。何かを決意するように深呼吸を数度繰り返す様子に、わたしとロイドはそろって首を傾げた。
何を言いたいのだろう。そんなに真剣な様子で。話さないといけないことって?
「私とマーテルは、婚約者の関係であった」
「……は?」
意を決したようにユアンの口から飛び出してきた言葉に、わたしの思考が停止する。
頭が真っ白、というわけじゃないんだけど。何を言っているのか、理解するのを脳が拒否する感覚がする。
だって、なに?
マーテルって、マーテルさん。
マーテルさんと、私ってことは、まあユアンで。
ユアンとマーテルさんが……婚約者の関係。
「は?」
「婚約者って……こ、恋人……ってことか? 恋人を生き返らせるよりも、大樹の発芽を選んだのか?」
「あれはマーテルの遺言を歪んだ形で受け取ったものだ。彼女が望んだのは、誰もが虐げられることのない世界……断じて、今の世界の状況ではない」
ロイドの質問に答えるユアンは、当然だけど冗談を言っている様子はない。
真実。全部本当。彼の行動理念も彼と彼女の関係も全部本当。
えっ本当?
「先ほども言ったように、私は二人の理想がどれだけ甘いものかを見届けるつもりだった。それでも、二人は足を止めることをしない。いつか、そんな彼女を守りたいと思うようになった。……その中でも、特に惹かれたのは。君のことを、とてもうれしそうに話すマーテルの横顔だった」
わたしがまだ上手に飲み込めなくて、混乱している間にも話は進む。
マーテルさんの、ユアンが好きになった彼女の魅力を、彼は語り出す。
わたしの話をするマーテルさん、だなんて。わたしがいなくなった後のマーテルさんのことだなんて。わたしがずっと気になっていて、いつか誰かに聞きたいなって思っていた話を、彼は穏やかな顔で聞かせてくれる。
「自分のことを大切にしてくれる優しい人だった。自分の理想がそこにあった。彼女からもらったお守りがあるから、自分はまだまだ頑張れる……」
……ああ。マーテルさんらしいな、と思った。
わたしが渡したお守りなんて、約束なんて。そんなに大したことじゃなかったし、結局叶えられなかったし。何もご利益なんてないのに、それを大事に大事に持って。誰かの優しさを大事にする優しさを持っていて。一生懸命に頑張る、わたしの大好きなマーテルさん。
泣きそうになってしまえば、ユアンの視線がわたしの手に落ちる。
ううん、見ているのはたぶん、エクスフィア。
最初に行った救いの塔で、死にかけたわたしを助けてくれたエクスフィア。
わたしが持つものだ、なんて言って渡された、けれどユアンにとっても大切だというエクスフィアを見て、彼はそっと目を細めた。
「君が今つけているエクスフィアは、マーテルが君のいなくなった戦場で拾ったものだ。直前、他のハーフエルフを通じて君から贈られた贈り物と同じ石だからと、拾って大事に持っていたらしい。その……いつかマーテルとミトスと三人で家族になるのなら、君のことも四人目として大事に思ってほしいと、言われてだな……預かっていたのだ」
だから、それで君を救えてよかったよ、と。
そうほほ笑むユアンに、わたしはもう涙が溢れそうになるのを我慢できなくて、ぎゅうっと握った手を額に押し当てた。
エクスフィアにぬくもりなんて残ってない。でも、とてもあたたかいような気がする。
だって届いていた。届いていたのだ。わたしが贈りたかったものは。わたしがなくしてしまった石も、全部。ちゃんと彼女が拾い上げてくれていた。離れても、約束を破っても、ずっと。わたしのことを、大切な家族のように好きでいてくれた。
それが嬉しい。とても、嬉しい。
黙ってしまったわたしの背中を誰かが撫でてくれる感触がする。たぶん、ロイドだ。ただ無言で撫でてくれることに安心して、わたしは自分の手の甲が濡れるのがわかる。
……ここ、最近。ずっと。マーテルさんの夢を見ていたのは、エクスフィアのおかげ、だなんて夢を見てもいいかな。彼女の意識は、大いなる実りにある。だから彼女が直接装着していたわけじゃないから、これはただの願望でしかないけれど。
救いの塔で、たった一言だけ交わせた言葉の通り。ずっと大好きでいてくれたのなら……嬉しい。わたしも、ずっと。大好きだから。
「……いつも笑顔で、あらゆるものに耐える彼女を、私は守りたかった。彼女が願う優しい世界で、彼女の笑顔を、守りたかった。そう思って……指輪を贈ったのだ」
「……あ! もしかして、あんたが探してたのって、これか!?」
ふと、ロイドが声を上げて、ポケットから何かを取り出す。
わたしも滲んでしまった涙をちょっと乱暴に拭いながら彼が差し出したそれを見ると、彼の手の上には指輪が乗せられていた。
銀色の輪っか。
それを見て、ユアンがはっと息を飲んだ。
「どこでそれを!?」
「ハイマだよ。最初に救いの塔に行く朝、クラトスのことを襲おうとしていた奴が落としたもので……」
「それは私にとってかけがえのないものだ。返してくれ」
慌てた様子で手を差し出したユアンに、ロイドも素直に指輪を渡す。
安心した様子のユアンだけれど……わたしはちょっと冷静になってしまって、急に涙が引っ込むような気がした。
だってさっき、なんか、指輪をマーテルさんに贈ったって。二人は婚約者の関係であるって、さっき、言ってた。その流れで出てきた大切な指輪って、あの、もしかして。
「……いや、まって。ごめん、今の今までにもいろいろと言いたいことがあふれてるんだけど、なに? ……婚約指輪を落としていたの!?」
嘘だよね、勘違いだって言ってよ。
そう願いながら問いかけるけれど、ユアンは気まずそうにわたしから目をそらした。
それがすべてだ。
「そ、それは……そうだ」
「どんなうっかりさんだよ!! そんなやつにわたしのマーテルさんを任せられると思ってるの!?」
「わ、私とて、自分が少しうっかりしていることくらいわかっている! 当然、マーテルもだ!」
「あーやだ聞きたくない! 察した! どうせマーテルさんのことだもん、うっかりしているところ見るたびに「可愛いわね」って笑うしハプニングが起きても楽しいって顔してた!」
「その通りだ!」
「うおおおおお!!」
いろんな感情が一気に湧き上がって、思わずその場にうずくまる。
いや、いやうっかりにもほどがある! どうしてこんなうっかりを選んだの! いやマーテルさんが選んだんだから、そりゃあいいところもあって、そんなうっかりくらい笑顔になっちゃうだけなんだろうけどさあ!
わたしが一緒にいたら絶対に素直にユアンを認めたりはしないぞ、と歯噛みして。マーテルさんから二人の話を聞きたかったなって、ちょっと寂しくなって。
それでも。……彼女が、一緒にいたいと思える特別な人に出会えたことが、嬉しいと思った。