ヘイムダールから見る星空は、四千年前と何も変わらなく見える。
数日前にマナリーフを求めて訪れた時は、夜まで待ったりしなかったから、わからないけれど。きっとあの時夜空を見上げても、わたしは同じことを思ったのだろう。
あの頃から変わらない。変わらないのに、大きく変わってしまった。
里の中だってそうだ。そこにある建物は、あまり変わらない。さすがに老朽化の問題があるはずだから、建て替えくらいはしていると思うけれど。それでも、もうぼんやりと薄らいできた記憶の中と大きな違いを見つけられないくらい、あの頃のままだ。
違うのは、わたし自身と、一緒にいる仲間たちと。
それから……あの家が、もうなくなってしまったこと、だろうか。
記憶を頼りに歩いた、村のはずれ。二人と一緒に暮らした小さな家。
そこはもう、建物なんてどこにもなくて、ただ、他よりいくらか背の低い草木があるだけ、だ。
「このあたりで暮らしていたのかしら」
「リフィルさん、しいな」
ひらりと手を振りながら歩いてきた二人に、わたしも手を振り返す。
決戦前夜とでも呼ぶような今夜、みんな思い思いの過ごし方をすることになった。
直前まで自由行動だったのに、また自由行動なんて、とわたしも思わないもないけれど、ロイドには深呼吸をする時間が必要だし、夜の森は危険だ。ゆっくりと、戦いに備えるのは悪いことじゃない。
だからわたしも、こうして村の中を歩いて……かつて、暮らした家がある場所まで歩いてきたのだ。二人も、まったく縁がないわけではないこの村の中を、いろんな気持ちで歩いていたのだろう。
そっと、わたしを挟むように隣に来た二人と一緒に、何もないそこを見る。今は何もないけれど、確かにあった大切なものを思い出すように、わたしはそっと目を閉じた。
「さすがに、もう家はありませんでした」
「四千年も前だからね。いくらエルフの里でも、残ってる方が珍しいよ」
「……寂しいかい?」
「ちょっとね。何も変わってないようで、何も残ってないんだなあって」
そりゃあ、四千年も経てば家は壊れる。ミトスくんたちのことを考えると、老朽化したそれをそのまま撤去されても不思議ではない。
わかっているけれどそれでも寂しい気持ちはある、と肯定すれば、しいなの方が寂しそうに眉を下げるから、わたしは彼女の腕を軽く引き寄せて、安心させるように絡めた。
「まあ、四千年も経てばね。リフィルさんも、ここで生まれたんですよね。何か懐かしいって思ったりすること、ありますか?」
「ええ、あるわ。ぼんやりとだけれど、この村の中を歩いた記憶がある。ここから見上げる星は、本当に美しい輝きをしていて……父と母と、星を眺めたこともあったわ」
村の中の景色自体はきっと変わっていないけれど、と言って空を見上げる彼女に倣って、わたしたちも上を向く。
余計な明かりの無いこの世界は、いつだって美しい星空がそこにある。さすがに、テセアラの方がシルヴァラントより少しだけ夜も明るいけれど……でも、わたしが二十数年生きてきた世界に比べれば、星の数は多い。
変わらない星空。
いつまでも、そこにある、星空。
「……でも、不思議ね。あの時に見た星よりも、今こうしてあなたたちと一緒に見る星の方が、ずっと綺麗だわ」
ふ、と力を抜くようにつぶやいたリフィルさんに、思わずわたしとしいなが彼女を凝視する。
ちょっと、なんというか、意外、だったのだ。
リフィルさんがこんな風に素直に……いや、素直とはちょっと言い難いかもしれないけれど、わかりやすく、わたしたちと一緒にいるのが特別、みたいなことを言うのは。
「へえ。ずいぶんと可愛らしいことを言うじゃないか」
「あら。陰険な女にも、可愛いところはあってよ」
「そういうところは変わらないねえ。でも、初めて会った時よりも、ずっといいって思うよ」
つん、といつも通りに戻ったリフィルさんに笑って、しいながぽん、と彼女の背中を叩く。
……この距離感、いいなあ。二人とも、最初はお互いに警戒していたのに。気付けば悪友、というかなんというか。うん、他にはないいい感じの距離感を見つけたんだなって感じ。素敵な変わり方をしたよね。
「あんたも、わたしも……みんなも。強くなったなって思う。体じゃなく、心が。いろんなことがあって、強くなって、変わってきた。だから、今不思議と不安はないんだ。オリジンの契約も、きっとうまくいく。そう信じられる」
「……本当に変わったね。しいな、最初のウンディーネとの契約の時はあんなに緊張しきりだったのに。契約が終わっても召喚できるかな〜ってずっと悩んでてさ」
「し、仕方ないだろ。あの時は、本当に不安だったんだから!」
「うん、知ってる。成長したよねえ、わたしたち」
「もちろん、あなたもよ、ナギサ」
素敵な変わり方をしたなあ、と改めて思っていれば、リフィルさんがあなたもよとこちらに身を寄せてくる。
しいなの腕をまだ絡めたままだったから、気付けば二人に密着されている状態だ。くっついて星を見て話している。少し気持ちがしっとりとしていたからか、それがなんだかとてもおかしくて、嬉しくて、わたしはくすりと笑みが勝手に零れるのがわかった。
「旅を始めた頃は、よく震えていたのに。最近はすっかり強くなって、自分で立ち向かうようになって……成長したわ」
「そ、そうかな」
「きっと、これからも変わっていくのでしょうね。私たちも、世界も」
明日のことを心配する声は、どこからも聞こえない。
だって、大丈夫だって、みんな思っている。
ロイドは悩んでも、ちゃんと答えを出すって。そうして戦って、明日、絶対に勝って。そうして世界は変わるための大きな一歩を踏み出すと……全員が信じている。
信じられるように、なったのだ。わたしたち、みんな。
「……あはは、確かに」
変わっていないようで、残っていないようで、確かに変わった。
こんな風に、生まれた世界も育ってきた場所もできることもぜーんぶ違う三人が、これまた自分が生きてきた場所とは全然違う場所で、違う種族の村から空を見上げて。そして、同じように、明るい未来を見ている。
……綺麗な星空を、見ている。
「あの時二人と見た星も綺麗だったけど、今二人と見る星もすっごくきれいだ」
それがとても嬉しくて、嬉しくて。
わたしは、いろんなことがあったこの旅を……悲しかったり、大変だったりしたこの旅を。それでも、このみんなとすることができてよかったって、改めて思った。
ここに、一番大好きな人はいないけれど。それでも、わたしの大切な仲間たちと見上げる星は、やっぱりとても、綺麗なのだ。