135-2

「二兎を追う者は一兎をも得ず、って言うよね」

二人と別れて、そろそろ借りた宿で寝ようかな、と思っているところで、川の近くにいるジーニアスを見かけて近付く。
その足音に気付いたのだろう。立ち上がった彼が一番に口にしたのが、今の言葉だ。
あれもこれもと欲張ると失敗することわざ。不思議なことに、一部のことわざはこちらの世界でも同じ意味で使用されているから、当然これもわたしの知っていることだった。
だから、何を欲張ったのと問えば、彼はぐっとうつむいて、友達のこと、とつぶやく。

「ボクがそうだったなあって……ボクは、ロイドもミトスも、大好きな友達と仲良くしていたかった。三人で一緒に遊ぶのもいいし、コレットやナギサも一緒に集まって遊ぶのだって、きっと楽しかったよ。世界がひとつになったら、みんなでピクニックとかもしてみたいって思った。ボク、どんなお弁当作ろうかなって考えたりもしたんだ。……大好きな友達と一緒にしたかったこと、いっぱいあるんだよ」

どっちとも仲良くしたかった、とうつむく彼に、わたしはうまく言葉をかけることができない。
それを言うのなら、わたしだって同じだ。わたしだって、ミトスくんと一緒にいたかった。ロイドと同じ道を歩きたかった。二人ともと、一緒にいたかった。
でも叶わなかった。どちらも、譲らない気持ちがあったから。同じ道を歩くことはできなくて、それは仕方ないって、思って……それでも。やっぱりこうして、後ろを振り返っては、悲しい気持ちになる。

「でも、結局、ミトスを……初めての同族の友達を……」
「ジーニアス……」

やっぱり何も言えなくて、わたしは彼をそっと抱き寄せた。
ミトスよりも小さなジーニアスは、すっぽりとわたしの腕の中に納まってしまう。……わたし、自分のことばかりだけど。やっぱり、ジーニアスだって、悲しかったんだよね。ごめんね。
でも、そうやって謝るのは、きっと彼も望んでいないだろうなってこと、ちゃんとわかっている。自由時間の間にも何度か話したけれど、どうにもジーニアスは、ミトスがわたしのことを好きだったことを覚えていてほしくて、忘れないでほしくて。自分だって悲しいのに、その気持ちを押し込めてしまうところがあるみたいだから。変に謝ったら、せっかくこうして零してくれた気持ちを、もう聞かせてくれない気がして、わたしはただ無言で彼を抱きしめていた。

「……ごめんね、ナギサ」
「どうして謝るの? ミトスくんはジーニアスの友達なんだもん。つらいのは、ジーニアスも同じだよ」
「……うん。でも、ごめんね。それだけじゃないんだ」

もぞりと体を動かして、懐から何かを取り出す。
それは、石だ。
綺麗な石。
見覚えはあった。知っていた。これは……ユグドラシルの胸元にあったのと、同じもの、だった。

「これ……ミトスくんのクルシスの輝石?」
「救いの塔で拾ったけど、まだ壊すことができなくて持ってきちゃった。せめて、再生された世界を見せてあげたいって思って……」
「……そっか」

きっと、本当は壊さないといけないのだろう。
わたしには、見えないけれど。聞こえないけれど。……きっと、この輝石の中には、ミトスくんの意識が眠っているはずだ。
マーテルさんのように。以前、アリシアさんが言ったように。この石を壊さない限り、エクスフィアに体を奪われた人たちは、その意識をずっと石の中に宿して生きる。ぼんやりとした意識で、喋ることも動くこともできないまま、ぼんやりと。

……そういえば、あの時。ミトスは、エクスフィアはとても恐ろしいものなんだね、って、言っていたな。
あの言葉を、彼はどんな気持ちで言っていたのだろう。自分の石もいつか砕いてほしいと願ったのか、マーテルさんのことを考えたのか。どうだったんだろう。

わからない、けど……でも、壊せないなって、思ってしまう。ジーニアスも同じなのだろう。わかっているのだ、頭では。
あの言葉が彼の本心であったのなら、この石は砕くべきだと。もう言葉は届かなくても。会えなくても。死んでしまった、ことに、変わりない状態なのだから。ちゃんと壊して、ちゃんと終わらせてあげるべきだって。開放するべきなんだって、わかっている。
だけど。だけど。これがある限り……まだ、ミトスくんと一緒にいられるような気がしてしまって、手放せない。

「ねえ、ナギサ。それで、これを……」
「ジーニアスが持っていて。わたしのこと、好きな人だって言ってくれたけど。君だって、あの子の大事な友達なんだから。……持っていてほしい」

ぎゅ、と、輝石ごとジーニアスの手を握りこんでそう伝えれば、彼はしばらく黙った後、わかった、とうなずいてくれた。
なんだか、わたしのことを優先してくれるけれど……ミトスにとって、ジーニアスは間違いなく、大切な友達だったって、思うのだ。ミトスくん、細かいところでジーニアスのことを気にかけていたって、今ならわかるもの。
だから、この輝石は、彼に持っていてほしかった。大切な友達だって、彼を選んであげられなかったことを後悔していると表情に浮かべる彼にこそ。大切な輝石を、持っていてほしかった。

「……世界が再生されたら。一緒に、ミトスくんの話、しようか」
「ミトスの話?」
「そう。わたしの知っている話と、ジーニアスの知っている話。いっぱいしよう。戦うことになったけど……でも、わたしたち。まだ、ミトスくんのこと、大好きなんだもん」

みんなに背中を押してもらって。時間をもらって。落ち着いてはきたけれど。やっぱり、彼の隣を選べなかったこと、選んでもらえなかったこと、まだ引きずってるから。
せめて、彼のことを忘れたくなくて、そう提案すれば、ジーニアスもやっと頬を緩める。それは素敵だね、と笑って、ぎゅうと輝石を握りしめた。

「あのね、ボク、ナギサの話、聞くの大好きだったんだ。ミトスくんとそのお姉さん、どんな人か知らないけど……すっごく大切だったんだって、伝わってきたから。それには負けちゃうかもしれないけど……聞いてね。ボクの、大切な友達の話」

もちろん、とうなずいて、その頭を撫でる。
何度だって、いつだって。ずっと、話をしよう。
大切な、大切な、人の話を。
……きっと、一緒にこの星空を見上げたかった友達の話を。