「はあ、はあ……っは、あ、ぐぅ」
ふ、と。
意識が浮上する感覚がして、目を開く。
なんだろう。今、夢を見ていた気がする。わたしではない誰かになっていて、誰かの記憶を追いかけていたような、自分が誰だか曖昧になるような感覚。
そんなことあっちゃダメなのに。わたしはちゃんと、わたしでいないといけないのに。ゆっくりと首を振って、胸元を握りこもうとして……それで、あれ、と顔を上げた。
ふわふわ。本当に浮かんでいる体。
目の前でうずくまる、わたしの体。
その状況に、そうだ、わたし、ミトスくんに体を取られちゃったんだって、ようやっと思い出す。
「ミトスくん」
出してみた声は、相変わらず彼に届いているのかわからない。
ただ、わたしの体を使っている彼はひどく苦しそうだ。声をかけてあげたいのに、伸ばした手は体をすり抜けてしまって……これじゃ、何もできないなと、途方に暮れて辺りを見回す。
どうやらここは、長い階段を目の前にした場所みたいだけれど……瓦礫のようなものが漂うだけのそこは、残っている床の外も上も全部が暗い光が渦巻いた奇妙な場所で、わたしはぶるりと体が震える気がした。
でも、何故だろう。ここがどこか、というのは、すぐにわかる。デリス・カーラーンだ。そしてこの階段の先には大いなる実りがある。ウィルガイアの先の、宇宙に近い場所。ミトスくんがマーテルさんと共に帰ろうとした場所。
……こんなに何でもわかるのは、もしかしたら、ミトスくんの記憶を覗いているからなのかもしれない。コレットも、マーテルさんの記憶や心が流れ込んできたって言っていたし。だからこんなに冷静で、ここがどこか、すぐにわかったのかも。
「ミトスくん」
でも、ミトスくんがこんな風にうずくまって苦しそうにしている理由はわからない。だからもう一度、触れられないとわかっていても、わたしは彼に手を伸ばした。背中をさするように手を動かして、大丈夫、と問いかける。
意味はないかもしれないけれど……でも、やっぱりミトスくんが苦しそうにしているのは見たくないから。いや、見た目は今、わたしだから、すっごく変な感じだけれど。
それでもミトスくんに声をかけ続ければ、ぐ、と手を握りしめるのが見えた。
「……キミ、天使に向いてないよ。致命的。さすがに例の疾患まではいかないけど……相性最悪だ。油断したら、すぐにエクスフィギュアになるんじゃないかな」
はは、と絞り出すような声に、どうやら声が届くらしいことに気付く。
ようやく届くようになった、というより、さっきまでは無視してたってことかな。それは寂しいけれど、仕方がない。今の彼は、ただただマーテルさんに執着しているだけだ。ううん。きっとマーテルさんが……「大好きな人が願ったことを叶えたい」ということに執着している。
だから、わたしの声に耳を傾けようとしてくれない。だから、こんなに苦しそうにしながら、わたしの体から出て行かないんだ。
「……ミトスくん……どうして……」
「どうしてもなにも、言ったでしょ。……ボクは、姉さまと一緒に、デリス・カーラーンに……かえるんだ、って、」
う、と呻いて、再び階段に倒れこむ。呼吸も荒い。本当に苦しそうだ。
わたしは見ているだけでなんだか泣きそうになってきてしまって、触れられないとわかっていながら、慌てて彼を抱き寄せようと手を伸ばした。
「ねえ、一回わたしの体から出よう。苦しそうだよ。何かこう、他の何かに……」
「そんなことをしたら、ボクはここから追い出されるだけでしょ」
「そんなことしないよ。ただ、このままじゃ」
「……ああ、もう、うるさいなあ」
「うるさいって……そんな態度してる場合? 共倒れになるよりいいでしょ。ほら、手を……」
だんっ、と。
わたしの言葉を遮るように、彼は拳を階段に叩きつけた。