140-2

「うるさい、うるさいうるさいっ! うるさいよ!」

わたしを振り払うように身をよじって、そう叫び出したミトスくんに、わたしは思わず身をすくめる。
全身全霊の拒絶だ。それくらいわかる。顔を上げて、しっかりとわたしを見る彼の瞳は濡れていて、わたしはガンと頭を殴られたような気がした。

「だいたい、どうして今さら来たんだよ! どうして今なんだ、勝手にいなくなったくせに、約束破ったくせに! 」

苦しそうな、真っ青な顔で、そう突き放すミトスくんに、ぎゅうっと胸が痛くなる。
事実だ。勝手にいなくなって、約束破ったのはわたしだ。責められても仕方ない。それなのにどうして今になってここにいるんだろうね。
どうしてわたしは、彼のことを泣かせてしまっているんだろう。

「ナギサは一緒にいるって言ってくれたのに、守ってくれなかっただろ! ボクがいないうちに、知らないうちにいなくなって! それでもがんばったら、こんなところにいて! なんなんだよ!」
「そ、それは……そんなの、わたしが知りたいよ!」

きっと、その言葉は正面から受け止めて、謝るのが一番平和だと思う。いっぱい泣かせて、いっぱい怒らせて、彼が溜め込んでいただろうものを聞いてあげるのが、きっと一番優しいと思う。
でも。でも、その選択を、わたしはできなかった。怒っていいって、喧嘩しろって言ったロイドの言葉を思い出してしまったから。しいなが背中を押してくれたことを思い出したから。みんなが一緒にいてくれたことを思い出してしまったから、ただ黙って受け止めるなんてことができなかった。

だって、わたしだって、一緒にいたかったのに。どうしてあの時代から今の時代に来てしまったのかなんて、わたしが知りたいのに。そもそもどうしてこの世界に来てしまったのか、そこからもう、全部全部、わたしの思い通りじゃなくて、何もわからなくて、それでも頑張ってきたのに。
一方的に何もかも全部悪いって言われたら、やっぱり、面白くない。むかむかとした気持ちが喉元までせり上がってくるのがわかる。
だからわたしは、思わず大声を出した。

「わたしだって、なんでこんなことになってるのかわからないもん! ずっと一緒にいたかったのに、失敗しちゃって、それだけでもどうしようって思ってたらイセリアにいて、しかも四千年も時が過ぎてて! 君たちがいなくなったと思って悲しんだ気持ち、ミトスくんだって知らないでしょ!」
「キミのはたかが一年くらいだろ! こっちは四千年だよ、四千年! 姉さまだって、キミと話したいことがたくさんあったのに。キミの話をして、思い出して、寂しいねって言って、それでも泣かないで頑張って……それなのに、キミは今になって現れる! 今になって、急に手が届く場所に出てくる! なんなんだよ!」

ぐわりと、視界が歪む。何かが見えて、何かを感じる。
なんだろう。これはさっきのように、彼の記憶を見ているのだろうか。急にいろんな感情がせり上がってくる。
頑張りたかった。諦めたくなかった。裏切られた。信じたかった。裏切られた。奪われた。信じていたかったのにみんなが裏切っていく、奪っていく、ナギサだけじゃなく姉さままで死んでしまって、寂しくて、悲しくて、許せなくて、許せなくて、許せなくて!
助けてよ、約束したじゃない、とすすり泣くような声が聞こえてきて、頭が痛い。痛い。手を伸ばして抱きしめたいけれど、もちろんそれは幻覚だ。幻聴だ。
今、わたしの目の前で、現実で、現在進行形で、わたしと言葉をぶつけあっている彼は、泣きそうに顔をゆがめながらも涙は零していない。

「しかも戦いたくないって言うから隔離したのに外に出てくるし、守ろうとしても勝手に行動するし! いい加減にしろ! 言いたくないことばかり言わなくちゃいけないこっちの身にもなってよ!」
「なっ……なにそれ? 言いたくないのに言わなくちゃいけないことってなに? そもそもわたし、別に守ってほしいなんて言ってない! あの時脱走したのだって覚悟してのことだよ! むしろそっちこそずっとわたしと目を合わせてくれないし、手をつかんでくれないし、なんで? わたしのこと好きなんじゃないの?」
「関係ないだろ、そんなこと!」

ぜえ、ぜえ、とお互いに息を切らしながらも目をそらさない。
こんな、喧嘩するなんて、初めてだから。どうやって終わらせればいいのかもわからなくて、ただ、素直な感情をぶつけ合う。
ミトスくんの言っていることは中途半端に優しくて、腹立たしい。
言いたくないのに言わなくちゃいけないことってなに。ううん、なんとなくわかるよ。さっき、流れ込んできた記憶を思い出せば、なんとなくわかる。きっと本当にわたしのことを心配して、わたしのために突き放してくれているんだろうね。ジーニアスが何度も言った通り、わたしのことを好きでいてくれているんだと思う。
でも、そんな優しさ、いらないよ。そんなこと、いらないよ。いらないのに。

ミトスくんは乱暴に目元を拭って立ち上がると、またふらりと体をぐらつかせながらもしっかりとそこに立つ。
そして、さっきまではわたしを見てくれていたのに。ちゃんと目を見て話してくれたのに。再びうつむいて、目をそらして。そうして、言葉を吐き出した。

「もう……今さらだ! 今さらなんだよ! もっと早く、会いに来てくれたらよかったのに。姉さまがいなくなった時、一緒にいてくれたらよかったのに。ボクが泣いている時に、一緒にいてくれたら……よかったのに!」