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記憶が流れてくる。感情が溢れてくる。これはわたしのじゃない。わたしのではないものが、わたしの中に満ちていく。
たくさんの人に裏切られて、それでも前を見て、人を信じようとして、マーテルさんを、助けようとして。
全部信じられなくて、助けないことに決めて、たった一人、手が届くものだけを守ろうとしたのに、全然うまく行かなくて。それでもやっとたどり着いたところで、わたしを見つけてしまった。わたしがそこにいることを知って、混乱して、動揺して、手を伸ばそうとして、やめた。それは裏切りだから。今までの自分を裏切ることになるから。自分だけは自分を裏切るわけにはいかなくて、伸ばそうとした手を抱き寄せる。
何を一番に選ぶのかを決めて、そうしてそれだけを救うことを選んだという事実が、ぐわんぐわんとわたしの頭の中をかき回すように駆け抜けていく。

ああ、そうだね。君は選んだんだよね。知っているよ。わたしを選ばないことももうわかっているよ。嫌ってほどわかってる。そうやって決意した君とちゃんと向き合って戦えなかった自分が嫌だったんだもの。
でも、でもさあ。だからって、そうだねじゃあもうだめだね諦めるよバイバイって、あっさりと手を離せるような聞き分けのいい人間じゃないんだよ。
人間は強欲だって、知っているでしょ。人間は汚いって知っているでしょ。だからわたし、我儘に喚くよ。君と一緒にいたい。君のやり方は許せない。君とのことがやり直せないなんて認めない!

「……今さらなもんか、もう何もやり直せないなんてことあるもんか。今、目の前にいて、間に合わないなんて、今さらだなんてこと、あるもんか!」

ごめんね。我儘言っているよね。ごめんね。わたしの言葉なんて、本当にその時の気持ちを訴えているだけで、きっと君には本当に煩わしいものにしかなっていないのかもしれないけれど。そんなわけないだろ、甘い夢ばかり見るなって怒るかもしれないけど。でも、諦めたくないよ。

彼を裏切った人間はもう死んでいる。この四千年ずっとエルフは何も変わらなかった。ハーフエルフも諦めてしまって、うずくまって、誰も。どの種族も。お互いに歩み寄ることをしなかった。
その結果、心はこんなに大きく離れてしまって、手が届かなくなってしまったことがたくさんある。でも、まだ、手が本当に届かないわけではないのだ。意識しないと、お互いに手を伸ばさないと、届かないかもしれないけれど。でも、全員が全員、諦めてしまったわけじゃない。
取り返しのつかないことはある。もう直らないこともある。手に入らないものもある。
でも、やり直すことはできる。ここからもう一度歩き出すことはできる。一度間違えてしまったら全部終わりではないのだ。

諦めるなって、わたしはこの旅で学んだ。
何かを変えたいのなら、自分から動かなくちゃいけないって学んだ。
わたしはわたしの与えられた場所で、せいいっぱい頑張って生きなくちゃいけないって。そうやって胸を張って生きる人に変わりたいって、思ったんだ。

「今、君はまだ、わたしの目の前にいる。まだ、やり直せる。ならわたしはあきらめない」

だから、わたしはまだ、この言葉を撤回することはしない。
あの頃に戻ることは絶対に出来ない。わたしもミトスくんも、別々の場所でいろんなことを経験した。お互いにお互いを選ばない。ううん、そもそも時間が経ちすぎて、あの頃とまったく同じものなんで作れるわけがない。
それでも。今のミトスくんと一緒にいたいって気持ちも本当だ。新しくここから始めていきたいのは本当だ。

「わたしは今だって諦めていないよ。今も、あの時も、ずっと。君と一緒にいたい。わたしは……それでもわたしは、君と生きていたい。一緒に償えっていうなら一緒に償う。人間やめろっていうならそれでもいい。二人で、違う世界に行きたいっていうなら、それも付き合うよ。でもそれは、この世界を見捨てていい理由にはならないんだよ」

言っていること、全然整理できていないから、無茶苦茶だと思う。
こうやって勢いのままに喋るのって慣れてなくて、怒るのも、喧嘩も、へたくそで。何言っているんだと思われているかもしれない。
でも、本心を全部伝えないと何も始まらないから。だから、へたくそでも、全部伝えないと。それだけを思って、わたしはミトスくんの手を掴む。彼から目をそらさない。言葉を伝えることを諦めない。

「欲張りでもなんでもいい。我儘でもいい。わたしはみんながいるこの世界を……マーテルさんが好きだって言った世界を守って、そのうえで、君にわたしの隣にいてほしい!」

わたしと生きてほしい。
そう伝える私を見て、ミトスくんは……ただ、苦しそうに表情を歪めた。

「……絶対に、そんなこと、選ぶもんか」