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その先にあったのは、崩落した祭壇、という言葉が似合うような場所だった。
崩れ落ちたそこに浮遊する大いなる実りを見守るように。祭壇の前に、彼はいた。
ユグドラシルの姿で、羽を揺らめかせて、目を閉じて。
彼はただ、そこに佇んでいる。

「……かえる……私は……還る……」
「ミトス……ボクの話を聞いて! これ以上戦うなんてやめよう。世界を統合するために、大いなる実りを返して」
「……かえる……私は……還る……」

ジーニアスが駆け出してそう訴える。
けれど、ミトスくんは答えない。目も合わさず、同じ言葉を繰り返すだけだ。
さすがにおかしい。みんなで顔を見合わせて、首を傾げる。

「……おかしい。まるで人形みたいだ……」
「わ! な、なに?」

もう少し近付いて見ようか、と思っている間に、急にわたしの胸元にあるミトスくんの輝石が光り出して、何かに引っ張られる感覚がしてその場に座り込んだ。
その輝石は、けれど特にわたしに何かをすることはなく。それまで何をしても取れなかったのに、あっさりと剥がれて宙に浮かぶ。その輝石はすっと空中を移動し始めたかと思うと、まっすぐにミトスくんの体へと向かっていく。
そうして。ユグドラシルの姿をしている今、その胸元に用意されていた輝石の台座へとそれは納められて。
ゆっくりと、瞳が開いた。

「……わざわざ運んでくれてありがとう。ようやく融合できたよ。ご苦労だったね」
「……くそ! そういうことだったのか」

なるほど。言葉通り、わたしは運搬役として利用されていたらしい。
最初にロイドの体を奪おうとした時もだけど、たぶん、輝石の姿でも少しの距離なら移動できるのだろう。でも、さすがに遠くまでは動けない。だから、絶対にミトスくんの体のあるだろう場所に行くわたしを使った。
どうりで外せないわけだ。相性が悪いってあんなに言ってたのに、わたしが何も感じなかったのも、動けないとミトスくんが困るから。きっと、輝石の状態でもできることをしてくれていたのだろう。それは……たぶん、優しさでもあるんだろうなと思うと、わたしは何も言えなくて、しいなの手を借りて立ち上がることくらいしか、できなかった。

「ミトス……マーテルはもう、亡くなったんだよ……」
「嘘をつくな! 姉さまは生きている。ボクがこうしてクルシスの輝石に宿っているように……」
「それは生きているんじゃない。無機生命体に体を奪われているだけだ」
「それの何がいけないんだ」
「なに……!」
「どうせこの体に流れているのは、ボクたちを差別する人間とエルフの血だ。そんな汚らわしいものは捨てて、無機生命体になった方がマシだよ」

そう、忌々しそうに吐き捨てる彼に、ロイドがぐっとこぶしを握る。
その言葉の真意を、そんなに自分自身が嫌いなのかと、そんなにも何もかもに失望しているのかと問うように彼を見つめて、静かに口を開く。

「本気で……言ってるのか?」
「そうだ。見ろ! 無機生命体になれば、姿形や成長の促進も思うがままだ」

彼がそう言えば、瞬きのうちにユグドラシルからミトスの姿に変化する。
彼の言う通り。無機生命体に、天使になれば。姿形も成長度合いも、思うままなのだろう。寿命だって気が遠くなるほどに延びるし、身体能力も上がる。
でも……でも。代わりに、失うものだってたくさんあるのだ。それまで当たり前だった食事も睡眠も感覚も失う。そのつらさを知っているコレットが、隣でそれは違う、と首を振るのが見えた。

「みんなが無機生命体になればいい。前にも言っただろう。差別をなくすには、すべての命が同じ種族になるしかないのさ」

そんなこと、あり得るはずがないのだ。
すべての命が同じ種族になったって……悲しいことがなくなることなんて、ない。