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「お前は根本的に間違ってるぜ、ミトス」

静かに、ロイドがミトスくんを見つめる。
落ち着いた声で、まっすぐに向き合う彼に、自然とみんなの視線が集まった。

「差別ってのは……心から生まれるんだ」

みんなが同じ人間として生きる世界に、わたしはいた。それでも、差別はあったし、悲しいこともたくさんあった。
生まれ育った場所、性別、能力。いちいちに差をつけて考えて比較するのは……結局、人の心だ。だから、同じ生き物になっても意味はない。心がある限り、それは存在し続ける。

「そうだよ、ミトス。相手を見下す心。自分を過信する心。そういう心の弱さが、差別を作るんだと思う」
「お前だってそうだろ。人やエルフを見下して家畜扱いしてさ。それは心の弱さだ」
「このままでは無機生命体になっても……変わらんな。差別はいくらでも生まれる」
「前に、話したよね。わたしの世界のこと。みんなが頑張って差別をなくそうとしている最中だけれど……それでも、昔はいろんな差別があったって。……同じ人間しかいなくても、差別はあったんだよ」
「……じゃあハーフエルフはどこに行けばいい?」

世界が変わろうとしたって、うとまれる存在はいつまでも消えてなくならない。心を傷付けられることをやめてもらえない。いつか変わるって、いつ変わるんだ。
どこにもいけない自分たちが悪いのかと、項垂れて問いかけるミトスくんから、ロイドは目をそらさない。

「どこに行ってもうとまれる。心を開いても、受け入れてもらえなかったボクたちは、どこで暮らせばよかったんだ?」
「どこでもいいさ」

それは、たった一言だ。
どこでもいい。どこで生きていてもいい。
けれど、簡単なようでどこまでも難しくて、残酷にも聞こえるその言葉に、ミトスくんはぎしりと奥歯を噛んだ。

「……ふざけるな!」
「ふざけてなんかいない。どこだっていい。自分が悪くないのなら、堂々としていればいい。少なくとも、そうやって手を伸ばした先で手を握り返してくれた人がいたことを……お前は知っているはずだ」

ちらりと、ロイドが後ろにいたわたしとジーニアスを見る。
少なくとも、ここに二人いるのだと訴える視線にミトスくんがまたぐっと目を閉じたのを見て、わたしたちもその通りだとうなずいた。

「わたしをあの日助けてくれたのは、ハーフエルフのミトスくんとマーテルさんだよ。わたしは、とても優しい君たちだから……一緒にいたいって、思ったんだ。わたしだけじゃない。ジーニアスだって。君が君だから、友達になりたいって思ったんだよ」
「……そうやって……手を差し伸べてくれた人なんて……キミの他に誰もいなかった。だからもう、それが……できなかったからボクは……ボクらは、ボクらの居場所が欲しかった!」
「おっと! 被害者面はよくないぜ。……もう、そうやってお前らを傷つけた奴らはとっくの昔に死んでいるんだ。そのお題目でお前がこの世界にやり続けたことは……到底相殺しきれない」

再び顔を上げたミトスくんの言葉を遮るように、ゼロスくんが声を張る。
復讐する相手を間違えている、と伝える瞳は、彼にしては珍しいほどに冷たいものだった。

「あなたのしたことで……数えきれない人々が無意味な死に苦しめられた。その人たちの痛みを……あなたは……感じていますか?」
「人は変わるものよ。たとえ今日が変わらなくても、一か月後、一年後と時間が経つうちに、必ず変化が訪れる」
「すべては許されないかもしれません。でも償うことはできます。あなたの中にも神様はいるでしょう? 良心っていう、神様が……」
「許しを請うと……思っているのか? ばかばかしい」

だからもうこんなことはやめて、もう一度、と。
そう訴えようとしたコレットの言葉に、彼はそう吐き捨てる。
そんなことは選ばないと。それまでいろんな感情を煮詰めていた瞳が静かに凪いで。お前たちと分かり合うつもりはないと、そう突き放すように言葉をつづける。

「神様なんていないよ。だからボクは……ボクの理想を追求し続ける」
「……ミトス」

ロイドの切なそうな声にも、ジーニアスの視線にも、彼は応えない。
そんなミトスくんに、わたしは一歩前に出て……そうして、ちゃんと、ミトスくんと目を合わせた。

「わたしの気持ちは変わらないよ、ミトスくん」
「ボクの覚悟も変わらないよ、ナギサ」

わたしの言葉に、彼はそれだけを答えて。一呼吸、目を閉じて。
再び開いたまっすぐな瞳で、わたしたちを見据えた。

「ボクの居場所が大地になく、無機生命体の千年王国すら否定するのなら。ボクはデリス・カーラーンに新しい世界を作るだけだ。姉さまと、二人の世界を!」

彼の背中に、虹色に輝く美しい羽が広がる。
天使の羽。彼が四千年の時を生きる天使となった証。
もう、お互いに道が交わらないことを象徴するその美しい羽を広げて……最後の戦いが、始まった。