「ボクはミトス。ミトス・ユグドラシル」
そう名乗った小さな男の子が、わたしを助けてくれた時のことを、今も鮮明に覚えている。
知らない場所で溺れて、助けを求めた手を無視されて、このまま死んじゃうなんて、わたし、何か悪いことしたのかなって、泣きそうで。そんな時に手を取ってくれた彼の手の熱さも、連れ帰ってくれた家で触れたマーテルさんの優しさも、全部、ちゃんと覚えている。
二人とも、本当に優しくて、素敵な人だったから。守りたいなって思った。何ができるかなんてわからなかったけれど。わたしに出来ることなんてほとんどなくて、むしろいろんなことを教えてもらって、守ってもらってばかりだったけれど。
この二人には笑っていてほしいなあって。できれば、わたしの隣で幸せに生きていてほしいなあって。そのためなら、わたし、ちゃんと頑張って生きようって。二人を守れる人に変わりたいなって、心から思った。
一緒に星を見た。いろんなことを教わった。笑って、身を寄せ合って眠って、たまに落ち込んで、手を繋いで、三人で旅をした。
マーテルさんに笑ってほしくて二人で森の中に入って花を探したり、彼女の看病をしたり。思い出を増やすように、お守りを抱きしめるように、小さな約束をしては明日を楽しみに思って。
そうやって、一緒に歩いていたのに。わたしは二人を置いてきてしまった。
「じゃあ約束しよう、ナギサ」
オゼットの外れに住んでいた、ただの男の子として出会った時のことだって、忘れないよ。
だって、あんまりにもそっくりだったから、びっくりして泣いてしまったくらいだもの。
直前にはマーテルさんにそっくりなタバサちゃんとも知り合っていたし、四千年も経っているから絶対にいないはずなのに、二人に関係するような名前があちこちにあって、混乱していて。いろんなことを考えて覚悟して必死になっていた時に、出会ってしまったんだもん。そりゃあ泣いちゃうよ。
泣いていたわたしのために新しい約束をくれたこと、嬉しかった。
他人の面影を重ねているだけなのに、優しくしてくれる彼のことを、すごく単純だけど好きだなって思ったから。今度こそ約束を守ろうって思った。そばにいてあげたいって、守りたいって、思ったの。
……思い返せば、もうその時から、違和感に気付くことはできたはずだった。だってあの時わたしは、ミトスくんがハーフエルフなんて一言も言っていなかったのに。彼はそれを知っていた。
それだけじゃないよね。遊園地でも、まるでわたしのことを昔から知っているみたいな言い方をしていた。いろんなところで、ミトスに伝えていないはずのことを知っていた。
気付かなくてごめんね。わたし、いつも、大事なこと、気付かないね。
「その帯、持っていてくれたんだね……ナギサ」
わたしにとっての本当の再会は、ユグドラシルとして救いの塔で顔を合わせた時だ。
ちゃんと、いろんなことを聞きたかったのに。出会ってしまったら、顔を見たら、全部吹き飛んじゃって。みっともなく泣いては、何も言えなくなってしまった。
大きくなったね。身長、抜かれちゃったね。あの時、わたしは君のぬくもりを知って嬉しかったけれど、君には何もわからなかったのかな。
はっきりと引かれた線に悲しんで、今さら恋を自覚して、戦えないって、思って。
「ボクはね。姉さまとナギサがいればそれでいいんだ。本当だよ。あの頃からずっと。ボクは二人がいてくれればそれでいい」
泣いたわたしを見て、フラノールで君は、そう言っていた。
うそつき。わたしを選んでくれないくせに。でもそれは、ミトスくんも同じこと、思ったよね。ごめんね。四千年、一緒にいられなかった時点で、わたしたちはもう同じものを見れなくなってしまったんだ。
旅をして。わたしは、二人だけがいればいいわけじゃ、なくなってしまった。いろんなことを知ってしまった。
ごめんね。君はあの後もずっと、わたしを気にかけてくれていたけれど。気まずい思いをする子供のように目を合わせない君に気付けなかったわたしは、それを受け止めることなんてできなくて。ずっと泣いていた。泣きたいのは、ミトスくんだって同じなのに。
「だから、ナギサ」
……ああ。ロイドが一歩、踏み出すたびに。
ミトスくんとの思い出が、溢れてくる。
涙が出そうだ。視界が歪む。でもだめ。泣かないで。泣いたらだめ。目の前が見えなくなるのもだめ。
ちゃんと、ちゃんと。最後まで、見届けないと。
四千年の果てに彼が選んだことを。彼が選び続けてきた選択肢の責任を。
「いなく、ならないで」
確かに同じ気持ちだった大好きな人の最後を見届ける。
これが、彼を選べなかったわたしが果たすべき、責任だ。