将来の夢は、ありません。
なりたい自分も、ありません。
それでも、わたしは。
大好きな人たちに胸を張れるように生きたいと、思っています。
「ごめんよコレット。急に大聖堂に入りたいなんて言い出して……」
「ううん。嬉しいよ。しいなに……えっと、親善大使さまに、イセリアの大聖堂を案内出来て光栄です」
「そ、その呼び方やめとくれよ。親善大使って言われても、何をすればいいか……」
照れくさそうに表情を赤らめて、落ち着きなく体を揺らすしいなに、コレットと一緒にくすくすと笑う。
シルヴァラントとテセアラ、二つの世界が統合されて、そろそろ一ヶ月が経とうとしている頃。しいなはテセアラからの親善大使としてイセリアへと訪れていた。
ミズホの民は当初の要望通り、シルヴァラントのどこかへと里を引っ越したことで、テセアラ王家から離脱したわけだけれど、世界統合の立役者の一人でもあるしいなであれば和平の使者にふさわしいだろう……と。他でもないゼロスくんが推薦したらしい。
繁栄していた世界と衰退していた世界。技術面も大きな差があるし、土台は同じでも築いてきた日々は違う。それぞれに文化があって、生きている人がいて、みんなが初対面で、問題は山積みだ。
だからこそ、まずは手を取り合うことで、真の意味で世界を統合しよう、という方針であるらしい。
「別に、そんなに気負わなくてもいいと思うけどな。暗殺者よりよっぽど向いてると思うし」
「そだよ。しいなが和平の使者ですって来てくれて、嬉しかったよ」
「そ、そうかな……」
ゼロスくんの推薦は正しい、とわたしも思う。彼女はあの旅の中で一番シルヴァラントで過ごした時間が長いテセアラ生まれの人間であるし、ミズホの民らしく情報収集に長けたうえで、誰の話もちゃんと聞いてくれる人だ。
一方的に平和を謳うだけの人にはならないだろうし、どちらの人とも上手に話し合えると思う。いくらコレットの口添えがあったとはいえ、イセリアの大聖堂の中に立ち入ることをあっさりと許されたのは、彼女の人柄ゆえだろう。
大聖堂に入りたい、としいなが言ったのは、ここからコリンちゃんの気配を感じるから、というのが理由であるらしい。
彼女はもう死んでしまったはずだけれど、確かに存在を感じるのだ、と真剣な様子でコレットに話すしいなに、大聖堂を管理する人たちはすぐに許可を出した。
この世界が統合された旅の始まり。世界再生の神託が下った場所。今も、きっとこれからも神聖な場所として扱われるだろうそこは神子が旅立った後も手入れが行き届いていて、決して立派な建物というわけではないけれど、外観を見るだけで背筋が伸びるような気がした。
「結構近くで見るとおっきいね」
「ナギサもここに来るのは初めてだよね」
「うん。神託の時は家にいたし。そもそも大聖堂なんてそうそう入れないからね」
「……うん。やっぱり、いると思う。コリンの気配がするんだ」
ぎゅ、と彼女が握りしめているのは鈴だ。
本当にこの場所にコリンちゃんがいても、いなくても、きっとここに来るのは必要なことだと思ったから、わたしもコレットもしいなについて一番奥へと歩いていく。
大聖堂の最奥。二階にある祭壇の間は広い。大きく切り抜かれた窓から外の様子がよく見える。きっと、神託の時はここから救いの塔がよく見えたのだろう。
懐かしそうに目を細めるコレットの横で、この場所にコリンちゃんがいるのかと辺りをうかがってみるけれど、ここにはわたしたち以外の存在はいなさそうだ。それとも、精霊だから姿が見えないのかな。
どうだろうと首を傾げると、ちりん、と鈴の音が聞こえてきた。
「うわっ!?」
「コリンちゃんの鈴が光って……?」
突然、しいなの懐で輝きだした鈴が、軽やかな音を立てながら浮かび上がる。
それがゆっくりと祭壇へと移動したかと思うと、一際強く辺りを照らしつけた光の中からそれは現れた。
それは、大きな狐のような姿をした精霊だ。
九尾の狐と呼ぶにふさわしいだろう美しさと威厳を持ち合わせたその精霊を見るのは初めてで間違いない。けれど、青みがかった色のしっぽとか、首で小さく音を鳴らす鈴を見ると、懐かしい気持ちになる。
まるで、まだ子狐と言っていい大きさだったコリンちゃんが、大人になった姿のような。そんな印象を受けて、わたしとコレットは息を飲んだ。
「コリン! コリンなのかい?」
───しいな。召喚をあやつる民の末裔……私に人の心を示したもの……
「コリン、じゃ、ないのか……?」
話しかけたしいなの声に反応した精霊の声があたりに響く。声帯から出た声ではなく、頭の中に直接響く声だ。そして、コリンちゃんとは全然違う音の声だ。
その精霊は静かにしいなを見つめると、ゆっくりと目を閉じた。
───……あなたたちの心、確かに感じました。不安、後悔、焦燥、孤独……さらにそれに負けないほどの希望、勇気、愛……私はヴェリウス。心ある者を見つめる存在。誰とも契約せず、何物にも縛られず、このあらゆる人の心を見つめる精霊
大きく尾を広げながら、心を見つめる精霊は……ヴェリウスと、そう名乗って。開いた目を、柔らかく細めて微笑む。
その微笑みに、しいなは別の存在だと認識したのだろうか。彼女は少しだけ目を伏せて、けれどすぐに、目の前の精霊へと視線を合わせた。
「ヴェリウスっていったね……あんたは、いったい……?」
───しいな。私はコリンであったものです。精霊でありながら、最も人の心に長く接してきたもの、といったところでしょうか
「心に接してきた……」
───力を失い、消えそうだった私を、人の心が繋ぎとめました。人の、あらゆる正、負の感情が、私を心の精霊、ヴェリウスとしたのです。私はここから世界に溶け込み、心ある者たちを見つめます
その言葉は暗に、かつてのようにこれからもずっと一緒にいられるわけではない、という意味なのだろう。
ヴェリウスは確かにコリンちゃんをもとにして生まれ変わったらしいけれど、だからといって、ずっとしいなと共に行動するわけではない。
それを悟ったしいなが寂しそうに、けれど、そうか、と。ちゃんと受け止めるのを見て、ヴェリウスは柔らかく微笑んだ。
───……召喚の民の末裔、しいな。たしかに私はあなたとは行かないかもしれない。でも、心は共にあります。あなたたちの心に触れ、私は心の精霊として確立したのですから
「心は……一緒なんだね」
───ええ。そうです。あなたたちに、人に、心がある限り。私は人と共に……そしてしいな。あなたと共に歩き続けますよ
「心ある限り?」
───忘れないでくださいね。私との約束は、心だということを
ヴェリウスはそう優しく言葉を残すと、世界に溶け込むように姿を消した。
先ほど言っていた通り、この世界に溶け込んで、心あるものを見つめ続けるのだろう。もう祭壇の上に鈴は残されていなかったけれど、確かに交わした言葉を胸の上で撫でていると、コレットがしいなへと一歩近づいた。
「よかったね、しいな! コリンが……復活してくれて!」
「そうだね。人の心が繋ぎとめたって言ってたもん。それなら、コリンちゃんをヴェリウスとして復活させたのは、しいなの心だよ」
「違うよ。みんなの……心だよ。みんなの心が、あたしとヴェリウスを引き合わせてくれたんだ。ありがとう!」
みんながいてくれたから、ここまでたどり着くことができたから、みんなの心がしいなの心に寄り添ってくれたからこそ、こうしてまた会えたんだと、そう話すしいなの目は少しだけ赤い。
けれど涙を流すことはせず、しいなはわたしの手を取って。そうして、先ほどヴェリウスが見せたような、柔らかな笑顔を浮かべた。
「だからきっと……心がある限り。みんな、一緒に歩いているよ」
あの子が言いたかったことはそういうことさ、とほほ笑むしいなの手に、コレットの手も重なる。
気付けば三人で手を重ねるような状態になっていて、その手はすごく、あたたかくて。わたしたちは自然と笑みを浮かべると、うん、とうなずき合った。
「これからも、頑張ろうね」
「……うん」
心はずっと、一緒にある。
どれだけ遠く離れても。世界すら飛び越えても。
きっと心は、ずっと一緒だと、二人は笑った。