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「じゃあ、ゼロスくんはセレスちゃんと一緒に暮らすことになったんだ」
「ま、そんなとこ」

イセリアでやることがあるしいなとコレットと別れて、わたしは一人でアルタミラへと訪れていた。
目的は単純……というか俗っぽいんだけど、リーガルさんの料理を食べるため、である。
もともと、いろんなことが落ち着いたらぜひ食べてほしいと言われていたし、わたしもリーガルさんの料理にすっかり骨抜きにされていたので、お誘いの手紙が来た時点ですぐに了承の返事をした。
この後に旅の予定のないわたしの分のレアバードはもう返してしまったから、徒歩や乗り物を乗り継いで行くのはちょっと大変だったけれど……統合された世界を見て回るには、ちょうどいい時間だったとも思う。

そうして訪れたリーガルさんの料理会にゼロスくんも来たことは驚いたけれど、セレスちゃんと仲良く一緒に暮らすことになった、という情報を聞けたのはすごく嬉しい。二人があの後どうなるのか気になっていたので、ちゃんとお互いに話し合えているみたいで安心した。
料理を運んできてくれたもうリーガルさんの手に、もう手枷がないこともそうだけど、あの旅の中で得たり、蒔いてきたりしたことが、しっかりと実を結んで、新しい花を咲かせようとしているのだなと実感して、胸の内側がぽかぽかする。

「まあ、ゼロスくん、セレスちゃんに対しては慎重になりすぎて鈍感だったけど、基本的に女の子の扱い上手だしね。年頃の妹のこと、ちゃんと大事にしてくれるだろうなって信頼はあるし、これから楽しく過ごせたらいいね」
「そうだな。確かに普段はちゃらんぽらんな態度が目立つが、本命には真摯なタイプだ。セレス嬢を泣かせるようなことはしないだろう」

二人の今後が楽しみだ、と笑うリーガルさんに、何故かゼロスくんはびっくりした様子で口を開けていることに気付いた。
どうしたのだろう。そんなにおかしなことを言っただろうか。
思わずリーガルさんを見ると、彼は小さく肩をすくめて、「神子は照れているようだ」とささやいた。

「ちょ……ちょっとちょっと、なに? ナギサはまあ、褒めてくれるとは思ったけど。リーガルまでそんなこと言うとか……俺さま、信頼されてるってこと?」
「そうだけど?」
「言葉通りに褒めている」
「あ、あっそ……いや……なんか、なんだ……そう素直に肯定されるといろいろと戸惑うな……」

リーガルさんの言う通り、素直な言葉に照れているのだろう。もごもごと何かをつぶやきながら髪の毛を指に絡めて遊ぶ様子はいかにも戸惑っています、といった態度でいっそ微笑ましい。
わたしはいつも褒めて〜っていうから褒め慣れているけど、リーガルさんはそんなに安売りしない人だから余計に戸惑っているのだろう。なんだかんだ、ゼロスくんって人に肯定的に受け入れられることに慣れていないというか、一度裏切ったという事実を気にしているところがあるし。

でも、みんなを助けてくれたのは本当だし、わたしの背中を押してくれたことだって本当だ。セレスちゃんを大事に思っていることも、いつも頑張っていたことも本当なのだから、いつも通り笑ってくれればそれでいいのに。
でもそういうことって上手に伝わらないものだよなあ、と思いながらこのスパゲッティ美味しいなあと思っていると、リーガルさんは何かを思いついたように、そうだ、と笑みを深めた。

「ところでナギサ、このスパゲッティについてだが、味はどうだ?」
「ん? もちろん、すっごくおいしい! でも、前回作ってくれた時と味付け変えた? 結構さっぱりめになってるっていうか、食べやすいなって。前にリーガルさんが作ってくれた時は、どっちかっていうと濃厚ソースが決め手でそれはそれでおいしかったんだけど」
「ならばよかった。それはゼロスが作ったものでな。練習をしたいとのことだ」
「あっリーガルてめえ!」
「はは〜なるほどね〜、だからさっぱりめなんだ。うんうん、これなら、ちょっと調子が悪い時でもぺろっと食べられそう」

なるほどなるほど、たしかにリーガルさんの作ったものは美味しいけれど、体が弱くて修道院で薄味のものを食べているセレスちゃんにはちょっと重すぎるかもしれない。ゼロスくんが作ったものの方がきっと食べやすいだろうし、なにより、大好きなお兄ちゃんが自分を思って作ってくれたのだから、絶対に喜ぶだろう。
それの味見をさせるために、このリーガルさんの料理会に紛れ込ませたのか、と彼を見れば、ゼロスくんは絶対にこちらを見てなるものかとばかりに背中を向けている。でも、かろうじて見える耳が真っ赤なあたり、リーガルさんの指摘通りであることは間違いない。
思わずふふふ、と声を漏らして、わたしは立ち上がってからうんと腕を伸ばした。

「ゼロスくん、もうすっかりいいお兄さんだね〜!」
「くっ……くう〜! まあな! 俺様、超最高なお兄様だからな!」

ぐしゃぐしゃと頭を撫でれば、いろいろと観念したのだろう。
今日のところはからかわれてやるよ! と叫ぶゼロスくんを見て、リーガルさんと一緒に笑った。


遠く離れても、近くにいても。最初に立っていた場所からどれだけ先に進んでも。たとえば忘れてしまったり、すれ違ったりしてしまっても。
人は、もう一度歩き出せる。大切な人を思いやる気持ちは変わらない。大切な人からもらった気持ちは失われない。大切だと抱え込んだものは、確かにこうして何かを生み出すのだ。
だから、これからもきっと、頑張っていける。口の中に広がる美味しさと喜びを噛みしめながら、わたしはこれおかわりってありますか、なんて問いかけた。