「あ、きたきた。お〜い! ナギサ!」
アルタミラの次にわたしが向かったのはアルテスタさんの家だ。
最近はすっかり空からの移動に慣れていたから忘れていたけど、ここのアクセス、非常に悪い。ここしばらくは戦闘や筋トレをしていなかったから、あの見慣れた岩壁が見える頃にはすっかり息が上がってしまっていた。
それでも、家の前で大きく手を振っているジーニアスとプレセアちゃんを見つければ、疲れはどこかへ飛んでいく。
今日は、あらかじめ手紙をやり取りして計画していたピクニックの約束を決行する日、だった。
「二人とも、お待たせ! 待たせちゃった?」
「いいえ、時間ぴったりです」
「お弁当作るのに場所を貸してもらってたんだ」
「わ、ジーニアスのお弁当! 楽しみだねえ」
「はい。ジーニアスの料理は美味しいので、とっても楽しみです」
「ほ、本当に? え、えへへへ……」
プレセアちゃんの言葉にもじもじと体を揺らすジーニアスの手を引いて向かうのはフウジ山岳だ。
ピクニックの場所としてはちょっと険しい気もするけれど、山頂の見晴らしはいいし、と言われたら特に否定する理由はない。もしかしたら、ジーニアスが彼と二人で小さな冒険をした場所であることも理由かもしれない。でも、そう思ったことは言わなかった。
世界が統合した後、魔物がまったく現れなくなったわけではない。
それでも、わたしたちにかかれば魔物たちなんてそんなに脅威ではない。たまに避けられずに戦闘に入ってもすぐに終わるし、自然に目をやる余裕だってある。
そうして、見知らぬ草花を見つけては足を止めてあれこれと会話を楽しむのも、ピクニックの醍醐味だった。
「わ、この花知らない」
「私も見たことがありません。今までは見なかった種類の植物が各地で見られているそうですから、おそらく、これもその一つだと思います」
「マナの流れが変わったからだろうね。たぶん、これからもいろんな変化があると思うよ」
二つの世界の間で搾取しあっていたマナは、今、少しずつだけれど世界中へと広がっているらしい。まだまだ大樹は小さいけれど、すべての命を守る存在としてマナを生み出す大樹は、確かにその腕を伸ばしている。
マナの流れとやらをわたしはわからないけれど、ジーニアスとリフィルさんはもちろん、以前にヘイムダールの様子を見に行ったというロイドから聞く限り、あの里のエルフたちも同じことを感じているようだ。
世界がひとつになって、目に見えて変わったことがある。それと同じくらい、見えないところでも世界は変わっている。
山頂までたどり着いて、そこに咲く花を眺めながら、わたしはそっと頬を緩めた。
「はい、どうぞ! 今日のお弁当は自信作だよ!」
「わあ! おいしそう!」
「ジーニアス、さすがです」
シートの上に広げられたジーニアスお手製のお弁当を見て、わあっと声が漏れる。
彼の料理が上手なことは、イセリアにいた時から知っていた。リーガルさんが作る料理とはまた違った、懐かしさを感じるような美味しさを持つ彼の料理の腕は、また上達したらしい。
しかも、見た目も可愛い。たこさんウィンナーに花形に飾り付けられた野菜。食べやすい大きさに握られたおにぎりは海苔を使って猫の顔をしているものもあれば、肉球のような飾りつけをされているものもある。
可愛い。ここにカメラがあったら絶対に写真に撮っていた。
「これは……にくきゅうの形でしょうか」
「う、うん。きょ、今日はピクニックだから、その、見た目も可愛いのにしようって思って……た、た、たしか、にくきゅう、好きだったよね……?」
「はい。ふにふにして気持ちいいです。これはおにぎりなのでふにふにはしませんが……おいしいです」
「よ、よかったあ!」
たどたどしさはあるけれど、プレセアちゃんと上手に会話出来ているジーニアスに成長を感じてほろりとする。上達したのは料理の腕だけではないようだ。
それにしても、こんなに可愛くて美味しいお弁当が作れるなんてさすがすぎる。わたしも料理はそこそこできるけれど、こんな風に綺麗に盛り付けとかできないしなあ。
勝手に笑顔になる表情はそのままに夢中になって食べていると、ジーニアスがふはっと噴き出すように笑った。
「こういう、ちょっと見た目も凝ったやつ、実はミトスからコツを教わったんだ。ミトスって、味も見た目も気にするって言うか、結構グルメっぽかったよね」
「え、そうなの?」
「あ、これ、ボクだけが知ってた情報? ふふ、なんだか悪いな〜」
ふふふ、と得意そうに笑うジーニアスは、ミトスくんからコツを教わった、という時のことを思い出しているのだろう。言われて見れば、アルテスタさんの家にいる時はタバサちゃんも含めた彼ら三人で料理の支度をしてくれることが多かった気がするから、その時に教わったのだろう。
仲良くしている三人を見るのが好きだったし、そんなに自信があるわけでもないから任せきりにしていたけれど……そういえば、ミトスが料理するところって、見たことなかったなあ、なんて。ちょっと惜しいことをしたな、と思っていれば、プレセアちゃんがそうですね、とあの時の食卓を思い出すように首を傾げた。
「ミトスは確かに、料理をする際、アレンジの具材を多く使っていました。彩りも綺麗で、料理が上手だなと思っていましたが……あれは、ミトスがグルメだからだったんですね」
「さっすがプレセア! ちゃんと気付いてたんだ」
「やば。料理おいしい〜しか覚えてない」
「もう。ナギサってそんなに鈍いわけじゃないはずなのに、どうしてそういうところで急に鈍感になるのさ」
もう、と呆れた顔をされたけれど、仕方ないと思う。実際に彼らの作る料理はおいしかったし、そんなに気が利く正確なわけでもないし。言われて見ればこういうの好きそうだよねって、思うだけ。むしろ、これ以外にもたくさんのことに対して鈍感だった自覚があるから、またわたしの後悔リストに一つ追加されただけだ。
でもちょっと面白くないなとも大人げなく思ってしまったので、とりあえずジーニアスの頬をつついておく。彼もこれがただのじゃれ合いだとわかっているのだろう。はいはい、なんて言って流すという大人びた対応をされて終わった。
「うーん、でも、たしかに。誰かが喜んでくれたなら、そういうの極めちゃいそうだな。おいしくて綺麗なご飯食べて、こうやってのんびり過ごして……うん、マーテルさんも好きそうだし」
「……少し、残念ですね」
ふと、黙って耳を傾けていたプレセアちゃんがぽつりとつぶやく。
可愛らしいおにぎりを見つめて、そっと。
「ミトスはきっと、ナギサさんとも一緒においしいご飯を食べたかったと思いますから」
大好きなジーニアスのお弁当を、大好きなナギサさんと食べられたら、とても素敵です。
そう、寂しそうに。けれど穏やかにほほ笑むプレセアちゃんに、わたしとジーニアスは顔を見合わせて。
それから、確かに、と笑った。
「そうだね。わたしも一緒に食べたかったなあ」
……全部が終わったら。
ピクニックでもしながら、楽しく、大好きなミトスの話をしようって、約束の通り。
こうして何でもない時間に、ああだったね、こうだったね。これができなかったね、あれが好きだったね、って、話をしていて。その時にこうやって、笑って話せるくらい、ちゃんと彼のことを大事な思い出として飲み込んでいられると、思うけれど。
でも、やっぱり思ってしまう。
君のことを笑って話せるようになるより、君と一緒に笑って話をしたかったって。
……だからって、この選択を後悔してはいない。
自分たちを大好きだって言ってくれた、大好きな人の思い出を、これからもずっと抱えて生きていくことを、わたしたちは決めたのだから。