「遅かったな」
「そりゃどーも、失敬」
軽やかな声に、誰がこの部屋の中に入ってきたのか、入口に背を向けていた教皇もわかったのだろう。
この部屋の扉を開けた時も決して振り返らなかった彼は、今ここに訪れたのが毒を受け取りに行った兵士ではなく、神子ゼロスとその仲間たちであることに気付いて、悔しそうに顔をゆがめて後退りをした。
「く……お前たち、どうしてここに……」
「あんたに聞きたいことがあるんだよ」
「陛下に……毒をもっているな?」
「……知らんな」
「本当に面の皮が厚いなあ」
「解毒薬はないのか」
「……知らん!」
ふいと素知らぬ顔をする教皇に、さすがのゼロスくんも苦笑する。
こちらには証拠もあるというのに、あくまで自分は無関係、を貫くつもりのようだ。頑として態度を変えない彼に、リフィルさんとプレセアちゃんが仕方ないな、とばかりに目を合わせてから、すっと彼に近付く。
教皇が何かをする前にプレセアちゃんが彼の喉元に斧を突き付けて、リフィルさんが兵士から回収した毒を彼によく見えるように手に持った。
「動かないで……」
「では、この薬はあなたに飲んでもらいましょう。どうせ、すぐ効く薬ではないようだし……」
「わ、わかった、机の引き出しの中だ!」
……仕方ないな、みたいな動作の後でできる脅しじゃない気がするけれど、まあ、効果はあったみたいなのでいいだろう。
コレットが彼の言う通りに机の引き出しを開けて、解毒薬と思われる薬を取り出したのを見て、ジーニアスが強く教皇を睨んだ。
「……ボクもあんたに聞きたいことがあったんだ。どうして、ケイトさんを処刑しようとしたの! あんたの娘なんでしょ!」
「……う、うるさい。お前に何がわかる」
「わかんないよ! わかんないから聞いてんだ。ばっかじゃないの!」
「ハーフエルフの娘を持つあんたが、どうして率先してハーフエルフを虐げる決まりを作るんだ」
声を荒げるジーニアスの代わりに、ロイドが静かに、けれど確かに圧を感じる声で問いかける。
静かに問われて、少し落ち着いたのだろうか。それとも、娘の話を聞いたからだろうか。教皇は何かを回想するように静かに目を閉じると、懐かしむように声を震わせた。
「ハーフエルフか……わしだって、若い頃はハーフエルフを虐げる制度は間違っていると考えていた」
「だったら、何故ですか。教会はすべての人々に救いの手を差し伸べるためにあるのでしょう?」
「お前たちにはわかるか? 自分だけが老いていき、同じ血が流れているはずの子供は老いることがないという恐怖が」
自分だけが老いていく、自分だけが変わっていく。子供の誕生を祝い、子供の成長を楽しむ……そんな人間なら当たり前に感じられることを、歩む時間が違うせいで何も喜べない。同じ血が流れているのに、確かに自分と妻が愛し合って生んだ子供なのに。同じはずなのに得体の知れない生き物と共にいる恐怖が!
恐れるように体を震わせ、そう叫ぶ教皇に、ジーニアスが目を伏せる。
「そんなの、ケイトのせいじゃない。ハーフエルフは……そういう生き物なんだ」
「そうだ! だからうとまれる! わしは……自分の娘がハーフエルフだからこそ、彼らを虐げる者の気持ちがわかるのだ。恐ろしいのだよ、娘が!!」
エルフと、ハーフエルフと、人間。
みんな、寿命が違うのは当たり前のことだ。だって違う種族なのだから。わたしたちよりも犬や猫の方が寿命が短いのと同じこと。同じ世界に生きていても、生き物としての形が違えば、寿命も生きるスピードも全部違う。
けれど……けれど。ハーフエルフは、確かに自分たちから生まれたのだ。誰かと誰かが愛し合って生まれたからこそ……自分とも、伴侶とも違う生態に戸惑うのだろう。人間とは違うスピードで生き、エルフとは違う感性を持ち。どちらにも馴染めない、どちらにもなれない。
愛したいと思っていたからこそ……自分たちから、まったく違う生き物が生まれたことに恐怖し、突き放すのかもしれない。
「今、兵を呼んだ。ここで神子が死ねば、教会は名実ともに私の配下となる」
「神子なしでマーテル教会が保てるものか」
「ふん、セレスがおるわ!」
じりじりと後退りながら、決して自分は追い詰められていないとばかりに笑ってみせる教皇の言葉に、ゼロスくんがぴくりと眉を吊り上げる。
彼にしては珍しい、低い声で教皇を睨んだ。
「……やっぱり妹を巻き込むつもりだったか。このひひじじいめ」
「神子がいけないのだ! お前のようないい加減な男が、何故神子なのだ! お前さえいなければ、私のハーフエルフ追放計画を邪魔する者はいなくなったのに!」
「……ゼロスくんの方が立派ですけど!?」
思わず口をはさんでしまってから、しまった、と思う。だってまるで怒ってしまったみたいだ。いや、ちょっと怒ってるんだけど。ハーフエルフに関することも、この面の厚さも、いらっとしていること、たくさんあるんだけど。
でも、ただ感情任せに怒ってよかったことは、この世界に来てから一度もない。だから怒らない、怒らない。そう言い聞かせた後、でもちょっと文句を言うのはいいだろう、とすぐに言葉を繋げた。これは怒ったわけじゃないし、感情任せじゃないので、許してほしい。
「あなたのハーフエルフ追放計画だかなんだかいうふざけたものを、ゼロスくんがいるせいで阻止できたというのなら、万人に手を差し伸べる教会の正しい姿を彼は体現していたということで! あなたよりずっと立派な人ですけど!」
いったい、どういう政策があって、どういう理由でゼロスくんが邪魔、となったのかは知らないけれど。彼の存在がハーフエルフを守ることに繋がったなら、それは素晴らしいことだ。
たしかにだいぶ性格は軽いけれど、コレットが言ったような教会としての正しい姿を体現しているのは彼だ。彼は立派に、神子として生きている。
いい加減な性格なのは否定しないけれど、そこははき違えないで、と言えば、教皇はおもしろくなさそうに地団駄を踏んだ。
「ええい、何も知らない女がうっとうしい! 異端の者は排除される、それだけだ!」
「人間は……どうしてボクたちを邪魔にするの……」
「ふざけるな! ハーフエルフだろうがなんだろうが、この世に生まれた来た限り、誰だってなんだってそのままで生きてていいんだ!」
「う、動くな!」
後ろから兵士が入ってきた隙に、教皇が本棚の裏にあったらしい隠し通路へと飛び込む。このまま逃げる気みたいだけれど、そうはさせるものか。
プレセアちゃんが斧を振り払って兵士を威嚇している間に、わたしたちも隠し通路へと駆け込んだ。