95-3

「くそ! 逃げられたか……」
「み、神子! すみません! ご覚悟を!」

慌てて追いかけたけれど、さすがに道を熟知しているだろう教皇には追いつけなかったらしい。お城の通路で申し訳なさそうに教皇騎士団が武器を向けてくる。
どうしよう、と変に戸惑ったのが悪かっただろうか。足をもつれさせたコレットが転びそうになって、びっくりした勢いで羽を出して空に飛び上がった。

「ひっ……ひいいいい!」
「天使だ……天使が降臨した!」
「スピリチュアの再臨だ!」

……飛び上がった、だけで、何故か騎士団がものすごくうろたえだした。
はて。いったいどうしたのだろう。自分が文字通り飛び上がってしまったことに驚いていたコレットも、武器を捨てて自分に命乞いをするように土下座を始める彼らに首を傾げている。
けれど、その様子を見て、ゼロスくんは何かをひらめいたらしい。一瞬楽しそうに笑うと、すぐに表情を引き締めて声を張り上げた。

「見ろ! お前たちの神をもおそれぬ行為が、クルシスからの使いをもたらしたのだぞ」

その勇ましい態度にわたしたちはぽかんとしてしまうけれど、ゼロスくんの言葉は十分に騎士団に響いたのだろう。彼らは再びどよめくと、震える声で問いかけた。

「神子! ではやはり……!」
「そう。彼女こそ死と破壊の天使、スピリチュアの再来だ!」
「お、お許しを……天使様!」
「あ……あの……えっと……どうしよう」

あ、と。ここでゼロスくんのやりたいことが見えた気がした。
ようするに、彼らは今、コレットを天使そのものだと思っているのだ。いや、確かにコレットは天使なんだけど。そうじゃなくて、クルシスに属する……自分たちが信奉する天使であると、そう思い込んでいる。
その天使が、自分たちではなく神子を味方するように現れたら。彼らはその武力を天に捧げる謙虚な信者だ。動揺し、天罰を恐れ、平伏する。
この状況は好機だ。わたしはコレットにこっそりと話しかけた。

「コレット、死になさいって言って。思い切りえらそうに」
「どういうことだ?」
「いいから。俺さまとナギサちゃんに合わせろ」

よかった。ゼロスくんのやろうとしていることと、わたしの考えたこと、ちゃんと同じらしい。
目でうなずきあえば、彼はまた真剣な顔でコレットに首を垂れた。

「天使さま。この者たちの処遇はいかがいたしましょう」

この言葉で、ロイドもゼロスくんの思惑を察したらしい。
未だに困った様子のコレットに声をかけると、コレットもわかった、と戸惑いながら表情と声を作った。

「コレット」
「えっと……死になさい」

ひいいい、とこちらが聞いていてかわいそうになるほどの悲鳴をあげる彼らは、もしかしたら鎧の下で涙を流しているのかもしれない。ものすごく可愛そうだけれど……効果は抜群のようなので、申し訳ないけれどこのまま怖がっていてもらおう。
他のみんなも狙いがわかったようで、黙ってこの神子様による茶番劇を見守っている。

「お……お許しを! どうか!!」
「天使さま! 彼らの命、この神子に免じて、お助けくださいませ。私は天使さまに仇なす者を倒し、再び神子としてマーテルさまの教えを広めてまいりますゆえ、どうか……」

どこか芝居がかった動作で再び首を垂れるゼロスくんに、ロイドがこっそりと耳打ちする。コレットはそれにうなずいて、またなるべく無表情に見えるように宣言した。

「……許しましょう」
「聞いたな! 天使さまは神子こそが教会の聖なる意思と認定された。即刻引き返し、我に仇なす教皇とその私兵、教皇騎士団を捕らえるのだ!」
「わ、わかりました!」
「神子とその仲間への手配は即刻撤回せよ!」
「必ず! みんな、神子の命令に従うのだ!」

コレットの言葉と同時に騎士団へと振り返ったゼロスくんが、さあさあ! と追い立てるように騎士団へ指示を飛ばす。
彼らは教皇直属の騎士団ではあるけれど、あくまでマーテル教の信者だ。信奉する天使が目の前で神子の味方となり、神子こそを聖なる意思と認定したのを見れば、それ以上神子に敵対することはできない。
大慌てで走り去っていった彼らを見送ってから、地上に降りてきたコレットが感動したように微笑んだ。

「すごい……! みんなゼロスの言うことを聞いたよ!」
「スピリチュア伝説に助けられたな」

聞いたことのある名前だ。スピリチュア……確か、いつだったかの世界再生を成し遂げた神子の名前、だっけ。スピリチュア像を手に入れるために四苦八苦した思い出まで思い出してしまって、これまた奇妙な一致だなと首を傾げる。

「シルヴァラントの神子、スピリチュアと関係があるのかしら?」
「さあなあ。詳しい話は教会の資料でも読んでくれ。とにかくスピリチュアは神子を蔑ろにした国王を殺して、神子を救ったことで有名なんだ」
「ふーん。今の状況と似てるね」

スピリチュアさまが天使となったあとも、世界再生の儀式は終わらなかった。マーテルさんの器になれなかったということだ。器にはなれなかったけれど、天使として今も過ごしている……とか、そういうことなのかな。
その際に、何か思うことが合って、テセアラの神子を助けたのかもしれない……なんて、ここまで全部妄想だけど。古代カーラーン大戦の時代よりも後、世界が二つに引き裂かれた後だと判明している時代のものなのに共通した名前がある、なんて、気になるし。
まあ、その真実を知ることは、これからもないんだろうけれど。現代の神子二人の機転と、かつての神子を救った天使に感謝しつつ、よし、と次の目的地へと目を向けた。

「さ、あとは陛下だな」