ふと、じりじりとわたしの方に近付いてくるその影に気付いた。
ゼロスくんだ。彼は何かを言いたそうに、けれど言いにくそうに体を揺らしている。……なんか小さな子供みたいだな。
「あー、その、ナギサちゃん?」
「はいはい今日は何をして褒めてほしいの」
「いや別にそういうわけじゃないっつーか、俺が寄ってきたら褒めてほしいと思ってるわけ!?」
「えっ違うの? わたしのことママとか呼んでくるのも、そういう褒めてくれる年上の女性みんなママと思ってるあれじゃないの?」
なんかもじもじしながら近付いてきたから、味をしめたらしい「たくさん褒めてほしい時間」なんだと思ったんだけど違うのか。
ゼロスくん、たぶん、「お母さん」というものに憧れがあると言うか、お屋敷に飾ってあったお母さんの肖像画的に大好きだったんだろうなあ、とぼんやりと思ったから、てっきり貴重な旅の仲間の年上女性枠ということで来たと思ったんだけど……
そう伝えれば、彼は気まずそうに目を泳がせたあと、落ち着きなく自分の髪を指に絡めて、もごもごと口ごもった。
「うーんそれはまあその通りなんだけどさあ……いや今回はそういうのじゃなくて……いやそういうことか……?」
「煮え切らないな〜お〜よちよちなんですか〜」
「ああ〜ん、ママ〜! ……いやね。俺様の神子さまっぷりを褒めてもらえたことがまあまあうれしかったから、あ、り、が、と〜って言っとこうって思って」
「ん? ……ああ、教皇と話した時の。なんだ、そんなこと?」
「重要だよ。俺さま、別にハーフエルフのことが好きなわけでもないしな。……あー、いや、さすがにリフィルさまとジーニアスのことは嫌いじゃねえけど」
がしがしと頭をかくゼロスくんはなんとも複雑そうな顔をしている。
それでも、彼が伝えやすい言葉で、伝えたいことを伝えられるようにとおとなしく待っていれば、彼は自嘲するように笑った。
「ハーフエルフにだって、悪い奴はいるだろ」
……その言葉は、たぶん、誰か明確に思い浮かべている誰かがいるような言葉だった。きっと、彼はそう教えられ育った通り、ハーフエルフのこと、あんまり好きじゃないんだろうなって、思った。
そして、どうしようもないほど、事実だった。いい人もいれば悪い人もいる。当然だ。リフィルさんやジーニアスのように仲良くできる相手もいれば、わかりあえない相手もいる。
一番に思い浮かぶのはディザイアンだろうか。彼らもきっと、多くの人に迫害を受けて、逃げた先で仲間を得て、人々を虐げる側になったのだろうけれど……どの事情が先でも後でも、傷つけ苦しめたのは変わらない。
いい人や悪い人に、種族なんて関係ない。そして、一番身近な誰かがそうなら全体もそうだと思い込むのも当然のこと。きっと、ゼロスくんは悪いハーフエルフに心当たりがあるのだろう。
でも……それなら。だからこそ。すごいなって、思った。
「そうだね。人間にいい人と悪い人がいるように、ハーフエルフだっていい人と悪い人がいるよね。それでもさ、コレットも言ってた通り、教会はすべての人に手を差し伸べるべき場所でしょ。たとえ本心から思っていなくても、義務感でもそれをしていて、それで誰かが少しでも救われたなら……それは、立派な神子さまだと思うよ」
そもそも、ここテセアラにおいては、ハーフエルフへの差別はすでに教育として根付いているのだ。それは神子でも何でも変わらない。だからこそ、教皇のハーフエルフへの態度も許されてきたし、当たり前のように受け入れられていた。
それでも、女神マーテルの教えに従うのなら。ハーフエルフであろうと、女神の謙虚な信者であるならば無碍にはできない。形だけでも公平さを保ち博愛をうたうのが仕事だっただけだと彼は言うけれど、嫌なら教皇のように拒絶すればいいのだ。それを、ゼロスくんはしなかった。
神子と教皇の戦いがどういうものだったのか、迫害計画をどのようにしてゼロスくんの存在が阻害していたのか、詳しいことはわからないけれど……それでも、神子がいることで種族問わず生きることを少しでも許されていたのなら、それは十分、立派なことだとわたしは思う。
「テセアラの神子って、繁栄の神子なんでしょ? コレットは再生の神子。求められる役割って同じようで違うのに、あの子も君も、なんだかんだちゃんと成し遂げようとしてて……二人とも、結構似てるよねえ」
「……似てるわけないでしょーよ。俺はあんなに純情でもまっすぐでもねーよ」
「わたしのことをママとかお母様とかいうところはそっくりだけど」
「それはま〜、そうかもだけど〜!」
ちょっとふざけて言えば、彼はあーあ、となんだかだらしない声を上げた。
うーん、これを照れ隠しって思うのは、ちょっと決めつけかな。でも、二人ともちゃんと周囲の期待に応えようとしているっていうか……神子なんだなあ、って思った。
「ゼロスくんは立派な神子だよ。わたしの言葉で納得できないなら、ロイドにも聞いてみなよ」
「ロイドくんに聞いたら、絶対にそう言うにきまってるでしょうよ」
「その通り。わかってるね。ロイドは絶対、君の頑張っているところを見つけてくれるよ」
ほだされてるね、と笑えば、彼はなんとも複雑そうな顔で自分の髪をくしゃりとかき混ぜる。
そういえば、彼のこと、わたしまだまだ知らないことがたくさんあるんだなあと思ったけれど……でも、無理に聞くことでもないしな、と。それ以上、話を深堀りすることはしなかった。