90-2

「まったくけしからん! 追放したものが勝手に村に入り、神子は盛大に失敗して、これじゃあ世界は終わりだ!」

泣き疲れたのだろうコレットが再び寝入ったのを確認してから、わたしたちは今後を話し合うために階下に降りる。
そうして、クラトスさんだけを家に置いて、とりあえず村の様子を見に行こう、ということになったのだけれど……学校のあたりまで来たところで聞こえてきた村長の声に、どうしても苦い顔をしてしまう。

彼は、別にそこまで嫌な人というわけじゃない。村に来た時はいつも気にかけてくれたし、いろいろと注意してきたことも、だいたいが理にかなっていたし。ちょっと思い込みが激しいと言うか、頑固な気質は感じていたけれど……でもそれも、村を守らないといけない立場であることを思えば、当然のことだと思ったから。
でも、今はちょっと、苦手だ。わたしたちを見る目が、すごく怖いから。
わたしたちがまるで世界の不幸のすべての元凶であるかのように、睨みつけてくるから。

「……おまけにエルフと思っていた連中はハーフエルフだと!? おおかた、村を襲ったディザイアンを手引きしたのも、お前だろう」
「な……なんだと!」
「村長! こんな子供に……」
「子供だろうがなんだろうが、ハーフエルフには変わりない!」

もう、誰かに何かを押し付けたくてたまらないのだろう。リーガルさんが先ほど言っていたように、何かに責任を押し付けることで救われようとする人間、というものを体現するかのような暴論だ。
でも、そうとわかっていたって、聞き流し続けることはできない。だって実際に何も関係ないし、とんでもない言いがかりだ。怒るだけじゃ意味がないとわかっているけれど、沈黙も正しいとは思わない。もちろんロイドだって黙っていられない。すぐにこぶしを握って言い返せば、村長はふんと鼻で笑った。

「あのなー! さっきから黙って聞いてりゃ、勝手なことばかり言いやがって! 先生もジーニアスも確かにハーフエルフだけど……だからなんなんだ! ハーフエルフにだっていい奴がいれば、人間にだって悪い奴はいるだろ!」
「ふん! 子供が何を言うか。お前のようなドワーフに育てられた奴が、神子の旅についていったのが失敗の原因だ」
「どうしてそんなこと決めつけるんですか」
「うるさい、このよそ者が! 同じよそ者だからと言って、薄汚い収容人たちまで連れてきおって……! ああ、まったく、よくも善良なわしら人間をひどい目にあわせてくれた……」

せっかく声を上げたのに、一喝されてすぐに怯んでしまう。でもぐつぐつとこみあげてくる怒りや失望に似た感情は一向に収まらない。なんだってこんなことを言われないといけないのだ。
けれど、わたしたちが何かを言い返す前に、村長は自分を睨むショコラさんに気付いて片眉を上げる。そして、彼女はわっと声を張り上げた。

「いい加減にして! 何から何まで文句をつけて! あんた、口以外はまともに動かないんじゃないの!」

真正面からの暴言に、村長が目を白黒させる。
ああ、彼女はパルマコスタで出会った時から、何も変わらないらしい。その威勢の強さも、まっすぐな言葉も、勇気も、力強さも何もかも。あの牧場の中にいても、何も。

「ショコラ……」
「おー! よく言った! そろそろ俺さまも我慢の限界だったぜ」
「……生まれや育ちや……その人にとってどうにもならないことをあげつらねて、傷つける……あなたこそ……人では……ないです」
「何を言うか! ここはディザイアンとの協定を結んでいるのだ! わしには村を護る義務がある。そうだろう、みんな!」

ゼロスくんが拍手をして、プレセアちゃんが口を開いて。突然、牧場の人でもない知らない人にそう責められて、村長もさすがに怯んだのだろう。
村のみんなに自分の正しさを証明してもらおうと声をかけるが、誰からも言葉は返ってこない。無言だ。この場に集まったみんなが、気まずそうに村長から目をそらしている。

「なんとか言わんか!」
「ジーニアスは村で一番頭がいいんだよ。村長さんが知らない、いんすうぶんかいってのも知ってるんだよ」

そう、口を開いたのは、ロイドたちと同じ学校に通っていた子供だ。
わたしも、何度か遊んだことがある。一緒におやつを食べたり、マーテルさんから教わった遊び方を実践してみせたりしたっけ。
彼があのねえ、と思い出を語るように話し出せば、その隣にいた別の子供もそうだねえ、と笑った。

「リフィル先生は怒ると怖いけど、でも答えがわかると一緒に喜んでくれるの」
「ロイドはお勉強はできないけど、村で一番強いよ。ボク、魔物に襲われたとき、助けてもらったもん」
「ナギサはねえ、ふふ、すっごい優しいの! 昔に死んじゃったおばあちゃんみたい。一緒にいると、すごく安心するんだ」
「コレットはねー、いつも転んでばっかりなの。でもね、泣かないの。痛くても泣かないの。コレットはえらいの」

話しながら、あの時はね、とか、そういえば、とか。次から次へと出てくる思い出話を、彼らは楽しそうに語り出す。
そうして、ふと黙り込むと。寂しそうに、わたしたちを見た。

「……会えなくて、寂しかった。やっぱり、みんな、村にいないと、寂しいよ」
「……みんな……」

その、わたしたちに「ここにいていい」と言ってくれる言葉が優しくて、思わず涙ぐんでしまう。
ああ、嬉しいな。いいのかな。戸惑いと喜びとがこみあげてくるのはわたしだけではない。ううん、ここまでの様子をずっと見ていたリフィルさんにとっては、もっといろんな感情が溢れ出したのだろう。
彼女はさっと顔を隠すと、そのまま走り去ってしまった。……その目が涙ぐんでいて、今にも零れそうだったこと、わたしたちはみんな、見えていたけれど。見えていたから、追いかけることはしなかった。

「姉さん……」
「う、うるさい! 子供はあっちに行きなさい!」
「子供の方がよっぽど素直な目で神子さまたちを見てるじゃないの! あんたはなんなの! あんただけじゃないわ! みんな神子さまやロイドたちにばっかり責任を押し付けて! あんたたちは何をしたの? 何もしなかったじゃない!」
「我々には力がない……」
「……そうさ。でも力がなくても、疲れて帰ってきた神子さまたちを助けてあげることはできる」

ショコラさんの言葉に、反応を示したのは村の人達だ。
それまで固唾を飲んで見守っていた人たちが、次々に顔を上げる。

「村長……あんたの言葉は、子供にも見抜かれるほど底が浅いよ」
「自分に力がないかって神子さまに何もかも押し付けといて、いざとなったら神子さまを責めるのかい? それはあんまりさ!」
「フォシテスは死んだわ。もうこの村の制約は何もないはずよ」
「あたしたちは、神子さまたちと牧場の人たちを受け入れる。村長、あんたに四の五の言わせないよ」
「そうだそうだ!」

非力な私達にだってできることはある、彼らは子供なんだから大人である俺達が守らないでどうする、これからきっと一緒になんとかやっていけるはずだ……そこに、彼らがどこの誰であるかも、人間かエルフかハーフエルフであるかも、大人も子供も、何も、何一つ、関係ない。
次第に広まっていく声に、目の奥が熱くなる。視界がぼやける。隣にいたロイドとジーニアスも、涙ぐみながらおずおずと問いかけた。

「みんな……いいのか」
「ボク……ハーフエルフだよ……」
「でもあんたは、この村で育ったんじゃないか」
「それにロイドも……もちろん、ナギサさんも。もうこの村の一員みたいなもんさ」

だからここに帰ってきてくれよ。みんな待っているから。
そう、笑ってくれたその人に、ロイドもジーニアスも、わたしも、ぼろりと涙が零れることに気付きながら、一生懸命に笑顔を返す。

「……ありがとう、みんな」

……ああ、ねえ、ミトスくん。マーテルさん。
見てほしいの。この景色を。あのね、自分とは違う人のことを嫌がる人もやっぱりいるよ。村長みたいに、自分のために他人に何かもを押し付ける人もいる。
でも、でもね。こうやって、今までのわたしたちを見て。個人を、見て。ここにいていいよって、言ってくれる人たちも、こんなにいるんだよ。
わたし、こういう場所を、君たちにあげたかったの。