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「ヘイムダールってどんなところなの?」

マナリーフを求めてヘイムダールに向かう途中、ジーニアスがリフィルさんの袖を引きながらそう問いかけるのが聞こえてきた。
リフィルさんにとっては数年ぶりの帰郷となるけれど、ジーニアスはヘイムダールの記憶がないから、純粋に興味があるのだろう。エルフとは外でなかなか会うことがないから、そういう意味でも好奇心がうずいているのかもしれない。

「住んでいたのは小さい頃だったから、よく覚えていないわ。でも、美しい森に囲まれていたことだけは覚えているの」
「ふーん、早く見てみたいなあ」

初めて訪れる、という意味で楽しみにしているジーニアスの横で、リフィルさんもいつもより声が弾んでいるように聞こえる。すっかり復調した彼女も、表には出さないだけで、自分のルーツをたどることができるというのは楽しみでもあるのだろう。
だから……まあ、だからこそ、わたしも余計なことは言いたくないし、一緒に久しぶりのヘイムダール楽しみだな、くらいな態度をしないといけないかな、とも思うのだけれど。どうにも乗り気になれない。なんだったら行きたくない。コレットのことがなければ絶対に行かなかっただろうなとすら思う。
なので、一緒に話しを聞いていたゼロスくんが二人に聞こえないように呟いた言葉に、思わず同意してしまった。

「……あんまり期待しない方がいいと思うけどねえ」
「うん……」
「おや、ナギサちゃんも同じ意見?」

意外だ、と方眉をあげる彼は、きっと久しぶりに思い出の場所に訪れるとでも思っていたのだろう。
それ自体は事実だ。ミトスくんとマーテルさんと出会った場所。わたしにとって、大事な思い出が残る場所。
だけど……悪い思い出も、いっぱいあるから。なんと言えばいいのかわからなくて苦笑する。

「……美しい森に囲まれて、美しい自然があふれているのは事実だと思うよ。四千年前からそんな劇的に変わってもいないと思う。あそこの人たち、そういう変化好きじゃなさそうだし。ただ……よくない思い出もいっぱいなので」

嫌いな人もいたし、追放されたし。今って、ヘイムダールはどうなっているのかな。あの時とあまり変わってはいないのだろうけれど……どのくらい変わっていないんだろう。わたしのことは誰も覚えていないと思うけど、ミトスくんたちのことは、どのくらいの人が覚えていてくれているのだろう。
足を踏み入れたユミルの森は、やっぱりあの頃と変わらない。その美しさも、冷たさも、あたたかさも、全部。
この湖にわたしは落ちて、そうして、ミトスくんと出会って……ああ、全部、なつかしい、な。

「……間違いないわ。この先に、ヘイムダールがある。まだ覚えていたみたいね」
「この先に、ボクが生まれた村が……」

姉弟の声を聞きながら、その懐かしい森を視界に映す。
美しい自然に閉じ込められた穏やかな景色の中にいた、わたしの大好きな人たち。
もういないはずの、人達。

「……変わらないなあ」

この景色は何も変わらないのに。大樹に取り込まれようとしていたマーテルさんを思い出しては、どうしてこの森だけが変わらないのだろう、なんて、少し八つ当たりのように思った。