「ナギサも、ここに住んでたんだよね」
里の外。けれど、入口が見える程度には近いそこに座り込んでみんなを待っていると、暇を持て余したらしいジーニアスが、ふらふらと足を揺らしながら問いかけてきた。
中に入ることはできなかったけれど、せめてどんな場所か聞きたい、ということだろう。興味深々といった様子で見上げてくる彼に、わたしも笑顔を返した。
「うん。……四千年前だから、さすがに人とか変わってると思うし、誰も覚えてないはずだけど」
「どんな風に過ごしてたの?」
「うーん……基本的に、お勉強してたな。ここの世界の文字なんてわからなかったし、常識も何も知らなかったからね。マーテルさんに勉強を見てもらって、二人のことを少しでも守れるようにって筋トレとかするようになって……」
話しているうちにどんどんといろんなことを思い出して、懐かしくなってくる。
右も左もわからなかったけれど、二人にここにいていいよって言われたから。だからしばらくここでお世話になるって伝えた時も、「へえ、ここで暮らすんだ」とか、「ハーフエルフと暮らすなんて変わり者だ」とか、そのどちらかの言葉だけしかもらわなかったんだっけ。
悠久の時をのんびりと生きるエルフたちにとって、わたしはたった一瞬、お邪魔するだけの人間だ。すぐに死んでしまうし、隠れ住んでいるハーフエルフと一緒に暮らすなんて変な奴、と頭の片隅で思ってはすぐに忘れてしまうような相手だから。彼らも、すごいあっさりと流したんだっけ。
「わたしを助けてくれた二人のために、二人が少しでも息をしやすくなるように。元の世界にいた時には全然頑張れなかったいろんなこと、頑張るようになったんだ」
今とは違って、里のはずれの方なら住むことを許されたし、お仕事をもらいにいったりとか、買い物とか、そこで暮らすことは許されていたけれど。それでも、確かにハーフエルフに対する風当たりは強かったから……恩人である二人のことを、大好きになった二人のことを、わたしは少しでも助けてあげたいって思ったのだ。
今も、きっとそう。あの日の二人との生活が忘れられなくて、ここにいる。あの時の二人が今ここにいたら、もう少し息がしやすかっただろうなっていう世界を作るお手伝いがしたくて、みんなと一緒に走っている。二人との思い出で自分を鼓舞しながら、ここまで来た。
あの時から、少しは変われただろうか。少しは強くなれただろうか。変わることってすごく難しいことで、大変なことで。そんな簡単に変われるわけないって、そう思うけど。
でも、変わりたいって思って、頑張り続けることはできるはずだから。そうやって頑張っているうちは、絶対に以前の自分とは変われているはずだから。
「……まあ、ものすごーく嫌いなエルフもいたけどね」
「エルフもやっぱり嫌な奴っていたんだ」
「いたいた。人間嫌いの気性が荒い人でさ。わたしが目の前で溺れてても助けてくれないし、わざわざぶつかってつっかかってくるし、魔法ぶつけてくるし……最後にはその人との喧嘩のせいで、わたしたち追放されたからね。今も嫌いだな、あの人」
うーん、変われてないかも! 今もまだあの人にはむかむかしちゃうな。いやでも、理不尽だったし……
いや、でも、思い返すほど、わたし、怒るといいことないな。あの時もあの人に怒らなければ、きっともう少し、みんなと一緒にここにいられたのに。
「……ふふ。不思議ね。こうやって話を聞いていると、本当にエルフも人間も変わりがないみたい」
そっとほほ笑んだリフィルさんにジーニアスもうなずく。
嫌な人もいればいい人もいて、いい思い出があれば嫌な思い出もある。自分たちでは理解できないと思えば相手のことを避けるし、喧嘩するし、でも結婚するほど仲良くなることもあるし。
みんな、みんな、変わらない。
「そうだね……人も、エルフも……ハーフエルフも。みんな……違いなんて、ないのかもね……」
種族、という、どうしても変えられない、生まれながらの属性が目立ってしまうけれど。
でも、ここに生きている命という意味でも、心があるって意味でも……きっと、何も変わらないんだろうな。