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語り部さんの言葉が、よくわからなかった。
ううん。理解を、したくなかった。驚きに満ちるみんなの中で、わたしは、一切の反応ができなかった。

「クルシスのユグドラシルが……勇者ミトス? その仲間がマーテルに、ユアンにクラトス? そんな馬鹿な!」
「クラトスさんは四千年前の勇者の仲間……なんですか?」
「うそ!」

思わず叫んでしまった声は、悲鳴のように小屋の中に響いた。
みんなの視線が集まるけれど、わたしには見えない。わからない。それどころじゃない。ぐるぐると視界が回るほどに動揺して、ぎゅうっと胸元を握りしめる。
だって、だって、おかしいよ。
ミトスくんは、世界を救ったのに。世界を救おうと、みんなが差別されることのない世界を目指そうとしていたのに。堕ちた勇者って、どういうこと。なんのこと。どうして、どうして彼が、世界を引き裂いたの。救ったはずの世界を、どうして再び滅びの道へ進めようとしたの。
どうして……今も、生きているのに。もう会えないはずの時間を越えて、同じ時間に生きているのに、今、わたし、彼の隣にいないんだろう。
彼は、どうして……世界中の人を苦しめる場所に、立っているの。

「どうして? ミトスくんは、世界を救おうって、ハーフエルフも人間もエルフもみんなが自分らしく生きられる世界を作るためにって、そのために頑張るって言ってたのに。どうして彼が世界を引き裂かないといけないの!? どうして……どうして、彼がユグドラシルって……!」

ああでも、彼の目的って、マーテルを生き返らせることだっけ。それなら納得だね。彼、マーテルさんのこと、大好きだったもんね。
ユアンやクラトスさんが何かわたしに語らないようにしていた何かとか、かつて旅をした仲間とか、ぼかしながら語っていたものがミトスくんとマーテルさんのことなら納得だね。だって四人は一緒に旅をしていたんだもんね。
ああ、嫌だな、納得してしまうこと、たくさんあるな。でも、でも、信じたくないよ。信じられないよ。
だって、だって、誰も、誰もしあわせに、なっていないよ。

「そんなこと、そんなこと……!」
「……落ち着きなさい、ナギサ。……彼らの姓名を彼が名乗っていると、あなたもわかっていたでしょう」

リフィルさんに肩を掴まれて、わたしははあっと息を吐く。
そうだ。ここでわたしが何を言ったって、何かが変わるわけじゃない。落ち着かないと。怒ったり、感情のままに行動して、事態がよくなったこと、ないもんね。ちゃんと最後まで話を聞かないと、だめだよね。
ぐるぐると渦巻いてしまういろんなものを飲み込むように何度も深呼吸を繰り返せば、わたしを気遣うような視線を向けていたみんなに気付いて、いたたまれなくなって視線を落とす。

「そもそもエルフとて、そこまで長命ではなかろう」
「天使とは、カーラーン大戦で開発された戦闘能力の一つだ。これは体内のマナを使い、一時的に体を無機化することで体内時計を停止させる。おかげで天使は年を取らない。エルフよりも長命となったわけだ……」

……だから、古代大戦の時代に生きた三人が、まだこの世界にいる。
マーテルさんだけは死んでしまって、大いなる実りと同化しようとしているようだけれど……他の仲間たちは。ユアンは、クラトスさんは、……ミトスくんは。まだ、生きている。天使となって、存在している。

「種の寿命を超えて長く生きることは……あまりよくないと……私は思います」

また会えるのに、彼らがしてきたことをずっと見てきたから。喜ぶことなんてできなくてさらにうつむけば、プレセアちゃんのつぶやきが聞こえてくる。
そう、そうだよね。長く生きすぎることも……きっと、よくない。それでも……そんな、決して立ち止まってくれない時間に抗ってでも、ミトスくんはマーテルさんを生き返らせたいのだろう。もしかしたら、ただ、大好きな人たちとずっと一緒にいたいと思っているだけなのかもしれない。
ううん、そうだとしても……わたしは、彼に何を言えばいいのか、わからない、けれど。

圧倒的な情報量に頭を痛めるのはわたしだけじゃない。特にミトスくんの話をわたしから聞かされていたロイドも、伝え聞いたそれとの違いに動揺を隠さないまま首を振る。
わけがわからない、は、わたしも同じ気持ちだった。

「もう何が何だか……俺にはわけがわからない」
「そうか? ……はっきりしたことがあるじゃねえか。世界を二つにわけたのは、オリジンの力が影響してるってな。魔剣……それがキーワードだ」
「その通りだわ。私たちは本質を見失わないようにしなければ。私たちの最終的な目標は、二つの世界を救うことだったはずよ」
「そうさ。大樹カーラーンを発芽させることには失敗したけど、世界をあるべき姿に戻せば……」
「少なくとも、マナを搾取しあう関係だけは改善できよう」
「……そうだな。みんなの言う通りだ」
「下手の考え、休むに似たり」
「……ひでえな」

ジーニアスとゼロスくんが声をそろえてロイドをからかう。そうして誰かが笑えば、やがてその笑顔は広まっていく。そういうものだ。これが、いつも通りだ。
だからいつも通り、少しだけ柔らかくなった空気の中で、わたしも笑うべき、なんだとはわかっていたけれど。
わたしは、上手に笑えなかった。