信じられない。信じたくない。でも事実がそう言っている。だからわからない。何もかもわからない。
全然まとまらない言葉で、長いばかりで、結局それしか言っていないような内容の話を、しいなは黙って聞いてくれる。
そうして、わたしの話が途切れたところで、彼女はそっか、と肩をすくめた。
「こうなったら……直に聞いてみた方がはやいかもね」
「直に、って……直に?」
しいなの言葉に、きょと、と目をしばたたかせる。
だって、つまり、彼女が言っているのは、もう何もわからないなら真意を直接本人に問いただせ、ということだ。
「そうさ。なんたってこの後、あたしたちは救いの塔へ行くんだ。会えるかもしれないだろ? だから聞いてみよう。あたしたちには語らなくても、あんたには話してくれるかもしれない。世界を引き裂いた理由も、マーテルを生き返らせようとする理由も、全部」
「で、でも……」
「こういうのは、あれこれ考えたって意味がないのサ。相手が何を考えているのかなんて、相手にしかわからないんだから」
何より四千年なんて長い時間の差があるのだ。そのすべてを想像することなんてできるわけがないし、一番客観的に残されているだろう語り部さんの伝承ですら、すべては語られていない。
それなら、本人に直接聞いて、それから考えた方がいい、というのは、わかる。
いろいろ悩むことは変わらなくても、ミトスくんの真意をちゃんと確かめたうえで悩む方が建設的だ。
でも……
「……聞いてくれるのかな。わたしの言葉なんて」
そう、不安に思ってしまう。
だって、わたし、彼らのことをおいて、こんなところにいるのに。
「わたし、あの子を置いていっちゃったのに。どうして、こんなことを選択したのかわからないし、わかっても……きっと、あの子のこと、認めてあげられない。このやり方は間違えてるって、思っているのに、話なんて聞いてくれるのかな」
わたし、何もできない。何もしてあげられないと思う。
急にいなくなったかと思えばいきなり現れて、敵みたいな形になっているわたしのことを、彼はどう思うのだろう。あんな奴知らないって、思われているかもしれない。
一応、わたしのことも追いかけていたみたいだけれど、それだって、ただそっくりだから確かめようとしただけで……会えば喧嘩になってしまうとか、あるかもしれない。
……そうだ、わたし、もともと何かを選ぶのが、すごく苦手で。このままでいいよねって、なんとなく生きていた。少し焦ることもあったけれど、それでも、「選ばない」ことの方が楽で、心地よくて、ぼんやりしてきた。
事なかれ主義、とか、なるようになるとか。そんな風に思って、誰かと直接対峙するようなことは避けてきたから。いきなり異世界に飛ばされて動揺していたから、ヘイムダールでは何度も怒ってしまったけれど。本当はそういうのがすごく苦手だった。
ミトスくんとマーテルさんと一緒に暮らすために、自分のことを変えようと思って、頑張ってきたけれど……本当は、今だって、何も決めたくない。何も知りたくない。
それで、それで。
そうやって生きてきたわたしのことなんて、きっと、彼も。
「伝承にわたしのことを残したのは、わたしがあの時に死んで綺麗にいなくなったからで……今さら、もう……」
「あーもう、うじうじしない!」
バシッと背中を思い切り叩かれて、思わず前につんのめる。
痛い。全然容赦してもらえなかった。おかげでまた落ち込みそうになった気持ちはリセットされたけれど、痛くてそれどころじゃない。
「事情があるのはわかってるんだから、自分で話を聞くくらいしな!」
「そ、そんな無理な……」
「あっちがあんたのことを嫌ってるなんて、誰もわからないんだ。もしかしたら、あんたと話をすることで、あいつだって気持ちを変えるかもしれないよ。本当にそうはならなくても……何もわからないまま戦うより、ずっといいはずさ。ひとつずつ知っていって、ひとつずつ選んできたのが、あたしたちだろ」
何も知らないまま戦ってきたことを後悔して、何度も何度も悩んで、新しいことを知って、必死に歩いて、自分にできる最善を選ぶ。
……そうだね。それが、わたしたちの旅だった。わたしたちはいつも何も知らなくて、間違えることも多くて。それでも、足を止めることはしなかった。知らないことを調べて、戦ってきた。
右も左もわからない中で、それでもみんなが笑える場所を目指して。ひとつずつ知って、ひとつずつ、選んできたんだよね、わたしたち。
「相手の話も聞かずに勝手に相手の気持ちを推し量るのは、逃げることと同じだよ」
だから、わたしだけは彼の話を聞かないといけないと、しいなは言う。
他の誰もが最終的にユグドラシルを理解できなかったとしても。わたしだけは、勝手に彼の気持ちを推し量って逃げてはいけないと。向き合わないといけないと言う。
……もう逃げないって、そう言って。一生懸命に立っているしいなが、わたしの手を握る。
「……しいな」
「ああ」
「ちょっと、動かないで。……ちょっとでいいから」
何かがどうしようもなく溢れてきて、彼女の手を引いてぎゅうと抱きついた。
最初はしいなも驚いていたけれど、やがてたどたどしく背中を撫でてくれる手に、胸の奥にたまっていた重たいものが、少しだけ軽くなる。
……そう、そうだよね。わたし、約束したんだもの。ミトスくんと一緒にいるって。その約束が果たせないとしても……わたし、ちゃんとミトスくんの言葉を聞かなくちゃ。彼の言葉を聞いて、選ばなくちゃ。悩むのは、どうしてって叫ぶのは、きっとそれからでもいい。
「……あんたは、一人じゃない。だから大丈夫さ。……以前、あんたたちがあたしに言ってくれた言葉だよ」
雷の神殿に行く前に、しいなとした会話を思い出す。
そうして、小さくありがとう、と呟いた。
……ミトスくん。君と、ちゃんと、話をしたい。
してくれるか、わからないけど。聞きに行くのは、怖いけど。
会いに、行くから。