「しいな! おかえりなさい」
ノイシュのブラッシングをしてあげているところに、しいなが帰ってくるのが見えて、わたしは大きく手を振った。
実はノイシュ、この旅の間ずーっと一緒だったんだけど……こういう時じゃないと、こうして丁寧にお世話してあげられないしね。夕飯の支度までには時間があるし、とそれぞれ過ごすにあたって彼の世話をしていたのだけれど、しいなの来訪が一番に見える位置で、ちょっとだけよかった、と頬を緩めた。
しいなも、知っている顔が見えて安心したのだろう。ほっとしたように笑顔を浮かべると、ひらひらと手を振り返してくれた。
「ただいま」
「おかえりなさい。お疲れ様」
「ああ、ありがとう。それで、その……コレットは……」
すっと表情を暗くした彼女に、そうか、先に話だけは聞いているんだなと知って、わたしも眉尻を下げた。
「……ダイクさんにはお手上げだって。エクスフィアの進化系とはいっても、やっぱりクルシスの輝石のことはわからないって」
クルシスに吸収されなかったドワーフは、自由と引き換えにさまざまな技術を失ったのだと、もう帰ってしまったクラトスさんは言っていた。
わたしたちからすればいろんなことを知っていて、いろんなものを造れるダイクさんだけれど、やっぱり、失った技術も知識も多いらしい。正直何がどう違うのかもわからない、アルテスタというドワーフを訪ねた方がいい、と申し訳なさそうに言った彼に、わたしたちもそれ以上は何も言えなかった。
「代わりに、今日くらいはゆっくりしていってってさ。あとでダイクさんと一緒にご飯作るから楽しみしてて。ダイクさんの料理、豪快だけどおいしいんだから」
「……そっか。そいつは楽しみだねえ。あんたとロイドをまとめて子供だって言うようなやつだ。いい人なんだろうね」
「うん。わたしのことも、自慢だって言ってくれる人だからね」
まだ、わたしたちの新しい目標は、何もかもが手探りだ。コレットの症状がどういうものなのかわからないし、リフィルさんの治癒術も効かないし……でも、他の誰でもないコレットが笑って耐えているから。わたしたちが泣くわけにも、暗い顔をするわけにもいかない。
なんだか前もこんなことが思ったなあ、なんて。天使疾患に苦しむ彼女に気付けなかったこととか、何もできなかったことを思い出して、ちょっとだけ落ち込んでくる。長く旅をして、これでも成長したこともいっぱいあると思ったけれど……まだまだ、だ。
クゥンと慰めるように鼻を擦りつけてくるノイシュの頭を撫でてやると、じっとわたしを見ていたしいなが、ためらうように息を吸って、それから静かに話し出した。
「……あたしさ、今まで自分が精霊と契約する能力をもっていたことを、ずっと恨んでいたんだ」
急にどうしたのだろう。そう思いながらも、彼女の言葉を聞こうと、再びしいなと視線を合わせる。
彼女は少しだけ言いにくそうに、けれど、それでも聞いてほしいと願うように。少しずつ話し出す言葉に、じっと耳を傾ける。
「あたしの未熟な腕のせいで、里の仲間を大勢亡くしちまった。……あたし、本当はミズホの民じゃないから、余計にさ」
「ミズホの民じゃない……?」
「捨て子だったんだ。ガオラキアの森で、おじいちゃんに拾われた。召喚士の資格があるとわかって、王家への忠誠のあかしとして精霊研究所に派遣されて……あたしはそこで、立派な召喚士になりたかった」
……そんな話、きっと、好き好んで誰かに話したいことじゃないだろうに。
罪悪感も、折れた心も。深く負った心の傷も。きっと彼女がずっと隠して、心のうちに抱えながら生きると決めただろうことを話してくれていることに気付いて、わたしは無意識に背筋を伸ばす。
ちゃんと聞かないといけないことだ。そう思った。
「でも結局ヴォルトを暴走させて、おじいちゃんも目覚めない。おろちやくちなわの両親も死んだ。コリンも……そして、今回も結局、あたしが契約したから、こんなことになってさ」
「それは違うよ。……わたしたちみんなで決めたことだもん」
「ああ。あたしたちがよかれと思ってしたことで、シルヴァラントの大勢の人が死んだ。このことを、あたしたちは忘れちゃいけない」
落ち込む暇もなければ、諦める選択肢ももう存在しないのだと、そう言って再びわたしの目を見た彼女に、わたしも強くうなずき返した。
……ああ、そうだ。わたしたちはみんな、良かれと思ってしたことが招いた結果に、少しだけ足を止めそうになった。でも、止めるわけにはいかない。わたしたちは、絶対に立ち止まるわけにはいかない。
これまで選んできたことを、後悔しない。
「……そうだね。絶対に忘れないよ。目をそらすこともしない。諦めることも、足を止めることも、しない」
「ああ。まだまだ頑張ろう。立ち止まっている暇なんてないサ」
落ち込むなってわけでもないけどね、と慌てたようにフォローを入れる彼女に、格好つかないよと笑えば、しいなも笑い返してくれた。