一人別の場所に連れていかれたわたしを待っていたのは、五聖刃のプロネーマだ。
彼女はどこかむすりとしながらも、特に攻撃をしてくるわけでも、何かを言ってくるでもなく、こちらへ、とだけ言って歩き出す。
先頭にプロネーマ、そして周囲を天使たちに囲まれながら歩くのは、なんだか居心地が悪い。緊張、しているせいかもしれない。だって、この天使たちについていけば……彼に、会えるのだと。そう思うと、ずっと心臓はバクバクと音を立てるし、呼吸も荒くなる。わずかに震えている体もそう。彼に会えることが嬉しいような、怖いような、いろんな気持ちがこみあげてきて、少しくらくらするくらいだ。
ちらりと、気を紛らわせたくて周りの天使たちを見るけれど、彼らは特に何の表情も浮かべていない。仕事中だから、というより、以前、心を失っていたコレットと同じような無表情だ。わたしがじっと見つめたって、こちらへ誰も視線を向けない。そう命じられたから動いている。そんな感じ。
こんな……こんな、心を失ってまで、自分の体を捨てた彼らは。今、ちゃんと幸せなのだろうか。
「……なにゆえ、そなたのような人間など、と、言いたいのはやまやまじゃが」
長い通路に入ったところで、ぽつりとプロネーマが口を開く。
彼女は決して、後ろにいるわたしに視線を向けることはない。ただまっすぐ。おそらく彼がいるだろう部屋のある方向だけを、まっすぐに見据えている。
「これまでのことと、伝承を洗えばおおよそ予想はつく。……であれば、そなたがいなければ、我らは救われることはなかった。あの方の命令もある。ゆえに、手を出さないでいてやろう」
……彼女はディザイアンだ。五聖刃と呼ばれる強敵の中でも、長の座についている女性。ハーフエルフとして生まれてきた、女の人。
彼女にも、ここまでくる間にたくさんの物語があったのだろう。その中で、きっと世界に絶望して、今この場所に立っているのだろう。ハーフエルフである自分を拒絶する世界に絶望した心を、クルシスの天使に、救われてしまった、のだろう。
みんながロイドみたいだったら、と言ったジーニアスの言葉を思い出す。彼女は、この世界でこのまま生きていてもいいと思えなかった。だからって、虐げる側にまわっていいわけじゃないけれど……虐げられてきたのだろう彼女にそんなことを言えるわけもなく。ただ、彼女の傷を癒したのが、人間の間でも勇者と語られる人なのだと思うと、不思議な感じだった。
「……あなたは、ユグドラシルのことを、本当に尊敬しているんですね」
「当然じゃ。あの方がいなければ、我らはとうに息絶えていたのだから」
プロネーマが扉の前で立ち止まる。
ああ、この先にいるのだ。
人間たちが偉大な勇者と語った人が。
エルフたちが堕ちた勇者だと唱えた人が。
わたしがずっと、忘れられずにいた人が。
「さあ、行くがいい。どうか……どうか、あの方を裏切らぬよう」
開いた扉の中に、足を踏み入れる。
謁見の間、とでも言った方がいいだろうか。広い部屋の一番奥。大きな椅子に座る美しい天使が、わたしの視界に入る。
……ああ、そういえば。ちゃんと見るのは、初めてだな。以前に救いの塔で会った時は、わたし、もういろいろと限界で。体中が痛いし、くらくらするし、視界はぼやけているし。もうこのまま死んじゃうかも、というくらいにぼろぼろで、まともに顔も見れていなかった。
ただ、金髪の長い髪と、わたしを映さない冷たい目と、聞いたことのない大人の男性の声と。その背中に広がる美しい虹色の羽を見て、名前は同じでもきっと違う人って、そう言い聞かせた。
でも、今。
わたしが近付くのを見て、立ち上がったその人は。
確かに、あの時の彼の面影を残していて……
「あなた、は……」
「……私は、クルシスの指導者。ディザイアンを統べる者」
彼はゆっくりと口を開く。
そうして、名乗る。
あの日。わたしを助けてくれた少年が名乗った時と、同じように。
「ミトス。ミトス・ユグドラシルだ」