聞き覚えの無いはずのその声は、けれど確かに、彼の面影を残している。
告げられた名前は間違いなく彼と同じもので、温度が下がったその瞳は、けれど当時と同じように、わたしをまっすぐに見つめている。
足元がぐらぐらする。信じられない気持ちと、やっぱりって気持ちと。いろんなものがないまぜになって、ぐるぐるして、もう全部忘れて倒れてしまいたいくらいなのに。
なのに、なのに。
「……ミトスくん」
「その帯、持っていてくれたんだね……ナギサ」
彼が、彼であること。ユグドラシルが、確かにわたしのミトスくんであることを、知ってしまったとたん、体は勝手に動き出した。
ほとんど衝動のまま駆け出して、彼に飛びつくように抱き締める。
ああ、昔はこんな風に飛びついたら、彼は大きく体をよろめかせたのに。それで、もうって頬を膨らませて、笑って、賑やかな声が響いたのに。
今は違う。わたしよりも大きくなってしまった体は危なげなくわたしを抱き留めてしまう。それでも、抱きしめ返してくれる腕が、確かに以前と変わらないって、わかってしまって……ぼろりと、涙が零れるのを自覚すると同時に、ミトスくんが昔ほど柔らかくなくなってしまった頬を、わたしの頬にぴったりとくっつけた。
「また会えるだなんて、思ってなかった」
「ごめん……」
「謝る事はない。ただ……名前を。名前を呼んでほしい」
「……ミトスくん」
「もう一度」
「ミトスくん」
ああ、と息を漏らす彼に、ぼろりぼろりと涙が溢れて止まらない。
だって、ミトスくんだ。ミトスくんなんだ。目の前にいるのは、もう会えないと思っていた彼なのだ。
今はもう、それだけで胸がいっぱいになってしまう。聞きたいことはたくさんあるのに。どうしてって、言わないといけないことが、たくさんあるのに。そのために会いに来たのに。
でもそれ以上、何も言葉が出てこない。会えて嬉しいって、そればっかりが胸を満たす。これまで敵対していたはずなのに。今も、敵対しているのに。いくらよく見えなかったからって、以前見た時はミトスくんじゃないって言ったくせに。
単純なわたしは彼がミトスくんだと知ったら、もうそれ以外何も考えられないし、気持ちはミトスくんに会えて嬉しいって、そればっかり。よくないなって思うけれど、彼の腕の中から出ることもできなくて、泣くばっかりだ。
「……おおきく、なったねえ」
「……君は、こんなに小さかったんだね。昔は見上げないとキミの顔が見えなかったのに」
お互いにお互いの頬を両手で包みこむようにして、お互いの顔を見る。
わたしは、たいして変わってないと思うけど。彼は本当に変わってしまった。あの頃はまだまだ小さかったもんね。大人になった君の姿が見れるなんて思わなかったな。
手も、わたしより大きいや。
「あの時、死んでしまったと思った」
「わ、わたしも、そう思ったんだけど……死んじゃうんだろうなって思った次には、シルヴァラントのイセリアにいたの。そこで、怪我を治してもらって、それからずっとここにいて……あ、全然、どうしてそうなったのか、今も理由はわからないんだけど。前また別の時に死にかけた時はそんなことなかったし。だから余計に、君たちのことずっと心配してて……」
まとまらない言葉で、それでも一生懸命に話す。ああ、これじゃ何を言っているかわからないだろうに。説明が下手だな、何も伝わらないでしょ、もっとちゃんと順序だてて説明しないと、いくらミトスくんだって困っちゃうよ。
そう思うけれど、わたしの言葉を聞いているミトスくんの目が、冷たいはずなのにとても優しいから、嬉しくなってしまって。いっぱい、話したくなってしまって。わたしは顔が熱くなるのを自覚しながら、とにかく言葉を探した。
「でも、ずっと、聞いてたよ。みんなから。勇者の物語って、君の……君が……」
そうして、やがて声がつまる。
君の物語を聞いたんだ、と伝えようとして、その物語から繋がる、今の世界の形を思い出してしまって、高揚していた気持ちがしぼんでいく。
……ああ、だめだよ。ちゃんと、話さないと。ほら、頑張って、わたし。しいなが背中を押してくれた通り、彼はわたしを嫌って話も聞いてくれないなんてわけじゃないんだ。ちゃんと会いたいって思ってくれていた。だから知らないと。彼がどんな気持ちで過ごしてきたのか、知らなくちゃ。
わたし、ミトスくんが、今も大切だから……ちゃんと、聞かなくちゃ。
「ミトスくんは、どうして世界を二つに分けたの」
わたしは、わたしだけは。
彼の気持ちを、ちゃんと知っていないといけないのだから。