どうして、世界を二つにわけたの。
どうして、マーテルさんを生き返らせようとするの。
うつむいてしまって、彼の顔が見れなくなったわたしに、けれどミトスくんはちゃんと答えてくれる。そのことに安心して、同時に触れるほど近くにいるのに、立っている位置はものすごく遠いような錯覚がして、ぎゅうと彼の腕をつかむ手の力を強めた。
「世界を守るためだ」
「どうして世界を二つに分けることが、守ることになるの?」
「すでにマナは枯渇し大地は死滅しようとしていた。残されたのは大いなる実りからにじみ出るわずかなマナだけだ。とても世界を支えることはできない。大樹を発芽させるためのマナも、百年周期の起動でめぐる彗星デリス・カーラーンのみ……だから、彗星が訪れるまで、世界を二つにわけて交互に大いなる実りのマナを使うことで、発芽までの時間を稼ぐつもりだった」
大地延命計画として世界を分けることが、種子を守り、大地を存続させる唯一の道だったと、彼は言う。
さらに、精霊の力によって守護の檻を作ることで必要以上に繫栄することも押しとどめることで、魔科学の発展という無意味な戦争を起こしかねない事態をある程度悔い留めることができる。
種子からにじみ出るマナでは、世界を支えることはできない。大きく繫栄してしまうと、種子が発芽してもすぐに枯れてしまう。だからバランスを取ることで、いつか来る発芽の時まで、発芽した種子が育ちきるまで、大地が滅びないように調整する。そうして大樹が発芽し、育ち、マナが問題なく大地に満ちるようになれば、世界を一つに戻しても無事に存続できるだろう。
……そう、彼の説明するかつての計画と理由は、「大地を存続させる」という意味では素晴らしいもののように聞こえた。
「その彗星はまだ来ないの? それがあれば種は……」
「もうとっくに来たさ。ボクたちはそれで種子を目覚めさせようとした。だが……人間たちが、裏切った」
彼の声が、低くなる。
ただでさえ声変りをして聞き慣れない声だったのに、その低く静かな声は確かな怒りもはらんでいて、ぞくりと背中が震えてしまった。
そのことに気付いたのだろうか。彼はそっと目を細めて、なだめるようにわたしの背中を優しく撫でて。それから、ただ静かに。あきらめと怒りと失望に満ちた声で、話した。
「マナを独占しようとした人間によって、姉さまは殺されたんだ」
ひゅ、と。息を飲む。
わかっていた。彼女が死んでしまった、という話は、何度も聞いたから。
あれから流れた時間を思えばそれは当然のことだ。だから悲しいけれど、当然のことだと思ったから、彼女が死んでしまったことについては、深く触れなかった。
けれど……でも。殺されてしまった、と聞いたら、動揺しないはずがない。あの優しい人が、誰かに傷付けられてしまったと言われたら、そうなんだで飲み込めるはずがない。
……どうしてと。許せないと。そう思ってしまった。
「許せないと思った。もう許したくないと思った」
だからもう、彼らを救うことはやめたのだと、彼は言う。
何かに責任を押し付けるのはみんな同じだ。エルフは何もしてくれない。人間はマーテルさんを殺した。だからもう、彼らは救わないと。
勇者だったミトスの名前ではなく、ユグドラシルを名乗るのは、その方がふさわしいと思ったからだと。あんなに一生懸命に頑張ったのに殺されてしまったマーテルさんをどうしても助けたいのだと、彼は言う。
「でも、今……今、世界中の人が、くるしんでる、よ」
世界を救うことをやめたのは、わかる。でも、神子一人にすべてを押し付けて。ううん、運の悪かった人でもなんでも、とにかく誰かに責任や苦しみを押し付けて、けれど押し付けた方も苦しんで。常に誰かが苦しんで犠牲になる、こんな形で世界を存続させ続けるのは、どうしてなのだろう。
救わないと見捨てないで、こんな形で世界を管理するのは何故なのだろう。……その問いの答えは、やっぱりマーテルさんだった。
「姉さまが、望んだから。誰も差別されない世界が見たいって、言ったから。だから、新しく作り上げるんだ。そうして姉さまの体も用意できたら……また、あの頃みたいに……三人で……」
そっと頭を撫でてくる手の感触を追いかけて、わたしは目を閉じる。
……もしかしたら。もしかしたら、同意できたかもしれないって、思った。
あんな風に途中でいなくならないで、わたしも三人と旅をして。途中で出会うユアンとクラトスさんと一緒に、五人で旅をしたのなら。きっと、彼の言葉すべてに同意することができただろうと。
だって、わたしも許せないって思った。殺されてしまうくらいなら、全員を救うなんて約束無視していいって思った。だってあの願いだって、ただ三人で穏やかに暮らしたいって思ったのがきっかけだもん。わたしがいなくなった後も、この二人に幸せに生きてほしかったから、世界も優しくなってくれたらいいって、そう思っただけだもん。それが彼女を傷付けるなら本末転倒だ。
それなら、世界なんて救わない。目の前の大切な人を選ぶって、思う。
……でも、わたし、知ってしまったから。
旅を、してきてしまったから。
大地を延命させることを第一とした仕組みの中で、大切な人を生き返らせようと願って作られた歴史の中を。二つの世界を。実際に歩いて、触れて、そのたびに二人を思い出して。今できた大切な仲間たちと一緒に、旅をしてきてしまったから。
だから……すぐに、同意することが、できない。
「……それは本当に、マーテルさんが見たかった世界なの?」
聞いてしまう。問いかけてしまう。
彼のしてきたことは許せないけれど、彼のことは否定したくないって思うのに。
その根本に、触れてしまう。
彼に同意できない、とでも言うように、一歩、引いてしまう。
「誰かの犠牲に成り立つような世界、本当にあの人が望んだの?」
確かに彼の瞳が揺れたのを見て、ひどいわたしは、泣きそうになった。