戻ってきた祭壇の間に、わたし以外の人影はない。
みんなまだ戻ってきていないのか、それとももう外に出てしまったのか。わからないけれど、さすがに一言も無しにわたしを置いていくことはないだろうと判断して、ぼんやりとそこに立ち尽くして、みんなを待つ。
まだ頭の中はぐるぐるしていて、まだ、泣きそうなのに涙も出なくて、ぐちゃぐちゃしていて。とても落ち着いて人と話せる状況じゃないなと思ったから、一人の時間が持てるのは助かった。
───……ボク、流れ星にお願いするなら、ナギサとずっと一緒にいたいな
静かな夜でなければ聞こえないような声で囁いて。切なそうに薄く微笑みながら、繋いだ手をじっと見ていた彼を思い出す。
とても綺麗で、優しい子。自分の中にある優しさを忘れずに、しっかりと前を見ている、強い子。けれど、年相応に寂しがり屋の小さな男の子。
わたしの恩人。わたしの大切な人。勝手に家族みたいに思っている子。泣かないでほしい、マーテルさんと一緒に笑っていてほしい、わたしの支え。何度も何度も思い返して、彼に渡せなかったペンダントの土台を握り締めて、自分を鼓舞しながら歩いてきたくらいに、もう、切り離せない、大切な人。
……そんな彼が、こんな苦しいばかりの世界を作った理由は、わかった。
ううん、全部は理解できていないのかもしれないけれど、気持ちとしてはわかった。マーテルさんを殺されて悲しかったことも、マーテルさんを生き返らせたい気持ちもわかる。もともと大地を守るために世界を引き裂いて、そしてもとに戻す前に悲劇が起きて、ひとつに戻らないまま四千年の時が過ぎたことも、わかった。
きっとわたしも、同じ立場にいたら、同じことをしただろう。それほど大切な人だったのだ。マーテルさんという人は。優しくて、眩しくて、幸せになってほしい、人だった。
……でも。彼が作った今の世界を、やっぱり正しいって、言ってあげられない。
ミトスくんが世界再生の仕組みを作ったから、コレットは神子として死ぬことを覚悟して。人としてのいろんなものを失って、今もまだ苦しんでいる。
ミトスくんたちがエクスフィアとクルシスの輝石の研究をしているから、プレセアちゃんは時間においていかれて、リーガルさんやアリシアさん、マーブルさんはエクスフィアに苦しめられることになった。
リフィルさんもジーニアスも、未だ終わらぬ迫害に苦しみながら生きてきた。
ううん、ロイドもしいなもゼロスくんも……みんな、みんな、苦しいって言いながら生きている。それでもなんとか生きている。
それは、生きる上で当然のことだと言われればそうかもしれないけれど……それは、ミトスくんが作った仕組みによって搾取される人の命が存在することを許していい理由にはならない。
世界がどんなに自分に冷たくても、自分が世界に冷たくしていい理由にはならないのだ。
だから、わたし、ちゃんとミトスくんのこと、拒否しないといけないんだ。これは間違えているよって、もっとちゃんと叱ってあげないといけなかった。
でも、そんなことできなくて。ちゃんと顔を見たら、一緒にいたいって、思ってしまった。
間違えていてもいいから、一緒にいたい。許してもらえなくても、隣で生きて、今度こそ幸せになってほしい。そう願ってしまう。
───戦争を終わらせて、マナが枯れてしまうのを防ぐ。そうして、ハーフエルフも誰も迫害されたりしない、みんなで一緒に生きられる世界を、ボクが作るよ
こつり。
祭壇の近くにある柱にもたれかかって、ぼんやりとその場所を見る。
真ん中に安置された剣がぼうっと光っているのを見ながら、もう遠く、手が届かなくなってしまったあの日を思い出す。
───ナギサの言う世界を実現するためには、声をあげる人がいないといけないでしょう? でも、声をあげられるひとなんて、そんな未来を信じられる人なんて、今はきっといない。だからボクがそれをやる。ボクが声をあげるよ
───約束するよ。戦争を終わらせて、誰にも迫害されない、みんなが生きられる世界を作るって
その理想を、わたしも一緒に追いかけたかった。だからわたし、ロイドたちと一緒にここまできた。
変なの。ミトスくんもロイドも、同じものを夢見たはずなのに。どうして今、対立しているんだろう。
どうして、一緒に同じ夢を追えないんだろう。
───……ねえナギサ……いつか背が同じくらいになったら……ううん、抜かしたら、ナギサに言いたいことがあるんだ。その時は、聞いてくれる?
そういえば、さっき、大きくなったねって、そう言って。彼も小さかったんだねというくらい、背、抜かれていたのに。
その約束の言葉を聞くことはなかったな。彼が聞いてほしいって言ったことが何か、何も、聞けなかったな。忘れちゃったのかな。彼にとってはもう、四千年以上前の話だもんね。当然かな。
───約束だよ!
わたしもミトスくんも……約束、守れなかったね。
「……ミトスくん」
名前を呼ぶと同時に、視界が滲む。しょっぱい水が口の中に入ってきて、わたしは胸元のペンダントを強く握りしめる。
わたし、すっごく鈍いんだな。今さらになって気付いちゃった。だってあんまりにも当たり前のことだったんだもん。わたしにとって、恩人で、大切な子で、家族みたいに思っていて、そんなことを考える必要もなかったの。だからね、全然、わからなかった。
でも、わたし。わたしね、あの日、見ず知らずのわたしを助けてくれた、優しくて強くてまっすぐな目をした、ミトスくんのことが。
「……わたし、君に……恋を、してたのかも……」
今さら、そんなことに気付いたって、どうしようもないんだけど。
恋愛も関係ないくらいに愛していると同時に、ちゃんと君に、恋をしていたんだ。