「ユグドラシル!」
「……ミトスくん」
思わず名前を呼んだけれど、彼は一瞬、こちらに視線を向けるだけで返事はしてくれない。
もう語ることはない、ということだろうか。ついさっき会ったばかりで、これ以上わたしも上手に話せる気はしていないけれど……すぐに視線がそらされてしまうのは、純粋に悲しかった。
「資格なき者は、エターナルソードに触れることすらかなわない」
「資格……だと!?」
「きっと、オリジンとの契約だよ! それはオリジンがそいつに……騙されて渡した剣なんだろ」
ちらりとしいながこちらに視線を向けるのがわかる。きっと、わたしのことを気にかけてくれたのだろう。
騙されて、なんて言い方、あまり聞こえはよくないから。でも気にしなくていい、とは、言えなかった。わたしたちの中にある情報の中では、確かに彼がオリジンを騙したように思えるし、その発想が出てくることは仕方のないことだ。だから仕方ないよ、と言いたい気持ちもあったけれど……でも、ミトスくんのことを悪く言わないでほしい、と思うのも事実だから。
それに……マーテルさんのことを聞いた今。もしかしたら、契約した時は本気で誓いをたてたけれど、世界よりたった一人を選んだ結果として、精霊たちを騙したり裏切ることになった、というのが正しい気がしたから。
「ふはははは! お前たちは本当におろかだな。……まあいい。オリジンはクラトスが封印している。どのみち、お前にその剣は装備できない。エターナルソードの力がなければ、二つの世界を元通りに統合することもできない。お前たちの旅は、無駄なのだよ」
「無駄……だと! 無駄なことをしてるのはお前だろ! 死んだ人を生き返らせるなんて! だいいちそのことと、世界を二つにわけることに、どんな関係があるんだ!」
ミトスくんの言葉に、ロイドがぐっとこぶしを握る。
質問をぶつけられた彼はゆっくりとわたしに視線を動かすと、ロイドに対して嘲笑した時よりも幾分か優しい声で呼びかけてきた。
「……キミにはもう説明したね、ナギサ」
「……マーテルさんを生き返らせることと、世界を分けることに、直接の関係はない。世界が二つにわかれているからこそ、世界は存続している……」
マーテルさんが死んでしまったのは、世界を二つに分けた後だ。だから、彼女を生き返らせることと、世界を二つに分けたことに直接の関係はない。ううん、彼女が生きてさえいれば、世界はちゃんと、一つに戻るはずだった。
でも、一つに戻すことができなくなったから、世界はずっと歪なまま。大樹は発芽しないし、マナはいつまでも大地を満たさない。世界は救われない。
……そして、救われない世界を生きてきたロイドから見れば、その手段があるのに実行しないミトスくんの選択は、常に許せないままだ。
「違う。二つにわかれているからマナが欠乏して、数えきれない人々が犠牲になっているんだ」
「考えてみろ。何故マナは欠乏しているのだ? どうだ? そこの我が同族よ」
「ボク……? えっと、魔科学の発展で、マナが大量に消費されたから……?」
質問を投げかけられたジーニアスは一瞬だけ動揺するけれど、すぐにそう答える。
大樹が枯れた理由は、おとぎ話としても伝わっていることだから、彼がその答えを出すのは簡単だった。
ミトスくんはそれに満足そうにうなずくと、再びロイドへ視線を戻す。
「そう……そして魔科学は巨大な戦争を産み落とした。戦争はマナをいたずらに消費する」
「話をすり替えるな。お前が大いなる実りを発芽させないから、マナ不足も解消されないんだ」
「すり替えてはいない。大樹がよみがえったとしても、戦いがおこれば、樹は枯れる。戦争は対立する二つの勢力があるから起こるのだ」
二つの関係があれば、必ず対立する。比較される。そして、その狭間の者が犠牲になる。
この話題は、これまでの旅の中でも何度も感じたことだ。何度も目にして、そのたびに心を痛めてきたことだ。
だから、この場にいるみんな、なんとなくミトスくんの言いたいことがわかるのだろう。この世界の仕組みがどのように成り立ち、どのような意味を持っていたのか。だから、何も言えずに彼を見上げるしかできないのだ。
「だから私は、世界を二つにわけた。あの愚かなカーラーン大戦を引き起こした二つの陣営を、シルヴァラントとテセアラに閉じ込めるために」
「そしてマナを搾取しあい、繁栄と衰退を繰り返すことで、魔科学の発展もおさえられている……というわけね」
「もっとも今は、少々テセアラにかたむきすぎだが」
「嘘だ。お前はマーテルを助けるために、大いなる実りを犠牲にしているんだ」
その中で、一人ミトスくんを睨むロイドは、少しも怯んだ様子を見せない。これまでの旅で見てきた景色があるからこそ、彼は逆に揺らぐことをしない。もしかしたら、それだけのことを考えられるのなら、世界を救うことをミトスくんならできただろうと、そう思っているのかもしれない。
……きっと、それも嘘じゃない、と思う。ミトスくんは、世界を救うことをやめたと、そう言っていたから。そうなのだ。マーテルさんを諦めれば、世界は救われる。でも、そんなことを、彼は選べない。選べないのだ。
「そうだ。お前がコレットを救うため、衰退するシルヴァラントを放置しているようにな」
わたしたちが、シルヴァラントの再生よりも、コレットが生きることを望んだように。
ミトスくんも、二つの世界が救われるよりも、マーテルさんに生きていてほしいのだ。
「……それは……」
「やっていることは同じだ」
「ち……ちがう……!」
「違わない」
ロイドもきっと、それがわかってしまった。本能的に察した、の方が近いのかもしれない。
それまでの毅然とした態度が揺れて、たじろぐ彼は、先ほどまでのように強く言葉を返せない。一方でミトスくんは、そんなロイドを責め立てるように言葉の圧を強くする。
彼に違うと強く言い返せないロイドに……けれど、彼の代わりのように。彼が今も一人ではないことを証明するように。ジーニアスが、強く声を張り上げた。
「違う! ロイドは、お前なんかと違う!」