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「だ、だめ、」

なんとか絞り出した声は、とても小さいうえに、なんとも情けなく震えている。
それでも、何かを、言わないといけないと思った。これ以上はだめだって思った。
いつの間にかがくがくと震えていた足を少しずつ動かして、ふらりふらりとミトスへと近寄る。

「まって……お願い、まって、まってよ……どうして、どうしてこんなことに……なってるの?」

わたしのミトスくんがユグドラシルだった、ということだけでも、もういろいろと頭がパンクしそうだったのに。それをなんとか飲み込んで、彼がしようとしていることを聞いて、理解はできるけど同意はできなくて、一緒にいられないって、思ったところで。
ミトスが、ミトスくんだった、なんて。もうわからない。
ああ、そっか、ミトスと最初に会った時のあれは嘘か。本当はわたしのこと知ってたけど、知らないふりしてみんなと一緒にいたんだね。
それならずっと、そのまま一緒にいてくれたらよかったのに。こんな風に傷付けた後じゃ、そんなこと言えないよ。

「……ミトス……」
「……ナギサ」

無意識に伸ばした手を、彼が掴む。
掴んでくれたことに、ほっと息を吐いたのは一瞬だけ。
彼は視線を落として、髪の毛で表情を隠してしまったまま、ちりりと、二人の間で音を立ててマナが集まるのが、わたしにもわかった。

「強い衝撃でも与えれば、キミはまた、別の世界や別の時間軸に移動してしまうのかな?」

光が、集まる。
攻撃をされるのだろうか。信じられない気持ちで、身構えることもできずにいたけれど、それが本当にわたしを傷つけることはなかった。
それよりも先に、ロイドが放った魔神剣がミトスに直撃したのだ。座り込んだ彼は手を離すことはしなかったけれど、準備がされていたはずの攻撃は、そのまま文字通り光となって霧散した。

「……このクソガキが! 俺の親友と姉貴を裏切りやがって!」
「ロイド! やめて!」

ジーニアスがわたしたちとロイドの間に入って、大きく両手を広げる。

「ダメだよ! 二人とも、ボクの友達なんだから!」

泣きそうに張り上げられた声が、とても苦しい。そうだよ。ミトスもロイドも、わたしの大切な人なんだから。喧嘩なんて……武器を取り合うようなことなんて、しないでほしい。
わたしもミトスを気遣うように座り込もうとしたところで、ふっと影が差す。どこから現れたのだろう。気付けばすぐ近くにプロネーマが立っていて、心配そうにミトスを見た。

「ユグドラシルさま、まだ傷が癒えておらぬのでしょう! ここは他の天使たちにおまかせを」

立ち上がったミトスの手が、わたしから離れる。
目の前で光を纏った彼の姿がゆっくりと変化していく。
髪が伸びて、背が高くなって、服が変わって、体つきが大人のそれになって。
そうして……ミトスからユグドラシルの姿へと変わったのを見て、わたしはかくんと膝から崩れ落ちた。

「……わかった」

小さくうなずいた彼は、クラトスさんごと空中に浮かび上がる。
その背中に大きく羽が生えるのを見て、わたしは再び手を伸ばした。

「やだ、ミトスくん、」
「……死ぬための命など、あっちゃいけないだと?」

低くなった声が響く。その姿がすうっと消えていく。
転移していなくなるつもりなのだろう。手は届かない。それどころか振り向いてすらくれない。

「自分がつけているそのエクスフィアがなんなのか、冷静に考えてみるといい」

転移したのだから、追いかけられるはずがないのに。まるで追っ手を相手するように、数人の天使たちがわたしたちの前へと立ちふさがる。
結局、ミトスは最初から最後まで、わたしと目を合わせることはなかった。