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落ち着いて眠くなってしまったのか、うとうととしてきたジーニアスをベッドに入れて、そっと廊下に出る。
すると、ちょうど戻ってくるところだったらしいリフィルさんと鉢合わせて、わたしは彼が寝入ったことを伝えた。
面倒を見てくれてありがとう、と語る彼女はそのまま手を伸ばしてきたかと思うと、ぽんぽんとわたしの頭を撫でる。ちょっと珍しい。わたし、結構人を撫でるばかりで、撫でられたりすることってあんまりなかったから。
ちょっとむずむずしてしまえば、リフィルさんは柔らかく笑って、そして視線を落とした。

「オリジンの契約をするためには、クラトスの命を犠牲にしなくてはならない。そもそもの話、この戦いを終えるためには、ミトスを倒さなければならない……何を選ぶにしても、何かは必ず失うことになる……こんな選択ばかりで、嫌になってしまうわね」

さすがに疲れてしまうわ、とため息をついて、わたしの肩に少しだけ寄りかかってくる。
……どうやら、本当に参っているようだ。それもそうか。同族でもあり、弟の大事な友達が、となれば、リフィルさんだって動揺する。
さっき弟にも同じようにしたな、と思いながら彼女の肩を引き寄せて。扉に二人寄り添ってもたれかかりながら、わたしは小さく笑った。

「……珍しい。リフィルさんなら、そうやって選択することが生きることだって言うと思いました」
「そうね。そう思っているわ。生きるということは、常に選択し続けること。そうして、最善だと思って選んだ選択の責任を追い続けること。そういう、この世界には決して変えられない運命があると……信じていたから」
「その言い方。今は信じていないってことですか?」
「……やっぱり、変えられないものはあると思うわ。でも……今の私は、可能性を信じるのも悪くないと、他に道があるかもしれないと……そう、思うようになってしまったのよ」

この変化には自分でも戸惑っているの、と苦笑する彼女が思い浮かべているのは、きっとさっきも登場した彼のことだろう。
他にも道があるかもしれないって、可能性を信じようって。毎日のように言う彼と共に駆け回っていれば、そりゃあ思考に変化くらい訪れる。本当に、わたしたち、彼からいろんな影響を受けているなあって。一応、彼の姉、ということになっている身としては、誇らしいやら羨ましいやら、いろんな気持ちが胸の内側に満ちていた。

「……ロイドのおかげですか?」
「ロイドだけではないわ。確かに、私は彼の信じた理想に共感し、光を見た。彼の理想が実現する世界を見たいと思うようになった。それが実現することを……疑わなくなった。だって、彼だけではないのだもの。その理想に共感した人が、気付けば多くいた。……そうやって、私の周りの温度が変わったの。私も、変わるわ」

雪と同じね、と雪の結晶が地上に落ちてくる過程の話を始めたリフィルさんに、ちょっとしんみりとした気持ちが吹き飛んで苦笑が漏れる。
だって、ここでそんな授業みたいな話をされても困ってしまう。でも、とてもリフィルさんらしいなとも思う。だんだんおかしくなって笑ってしまうと、リフィルさんはだからね、とささやいた。

「きっと、ミトスもそうだったのでしょう。あなたと一緒に過ごしている間と、あなたと別れた時間と……四千年の、長い時間。彼が感じる世界の温度は、大きく違っていたでしょう。人は……変わるものだわ。良い方にも、悪い方にも」